表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

前に出た者たち

第六話

前に出た者たち


森を抜けて、

僕は歩いていた。


腹が減っていた。

喉が渇いていた。


それでも、

足は止めなかった。


止まれば終わる。

それだけは、はっきり分かっていた。


木々の間に、

不自然な隆起が見えた。


盛られた土。

削られた地面。

通路のような穴が、いくつも開いている。


集落だ。


そこまで辿り着いたところで、

足が動かなくなった。


膝が折れて、

前に倒れる。


小さな角が、

土に当たって音を立てた。


――足音。


ひとつじゃない。


重いもの。

速いもの。

地面を擦るようなもの。


最初に見えたのは、

グラウンドルだった。


岩みたいな体が、

二体、三体。


通路を塞ぐように立って、

黙って僕を見る。


次に、

細い影が近づいてきた。


スカーミルだ。


落ち着きなく、

いくつもの視線が刺さる。


「倒れてるな」

「生きてる」

「角が小さい」


声が重なる。


地面が、

静かに動いた。


土が盛り上がって、

足場が整えられる。


モル=ティアだ。


最後に、

一回り大きな影が前に出た。


ブルード。


一体じゃない。

三体ほどが、自然と前に立っている。


真ん中の一体が、

僕の前にしゃがみ込んだ。


牙が見える。

でも、威嚇じゃない。


匂いを嗅いで、

短く息を吐いた。


「……腹、減ってるな」


断定だった。


「高潔な連中は来ない」


僕らリーフォークのことだ。


「面倒だからな」


ブルードは、

僕を一度だけ見た。


「だが」


少し間を置いて、


「お前は、

 面倒を起こすほどの力もなさそうだ」


評価でも、

嘲りでもない。


ただの確認。


「捨てる理由もない」


それだけ言って、

立ち上がる。


スカーミルの一体が肩をすくめ、

グラウンドルは何も言わずに視線を外す。


モル=ティアは、

地面を均したままだ。


誰も反対しない。


決まったんだと、

僕にも分かった。


僕は運ばれた。


雑じゃない。

でも、丁寧でもない。


焚き火がいくつもあって、

肉の匂いが重なっている。


皮袋の水を渡され、

肉を差し出された。


硬い。

でも、温かい。


噛むと、

血の味がした。


僕は黙って食べた。


ブルードの一体が、

僕の横にどすんと座る。


「食えるか」


僕はうなずいた。


「ならいい」


骨を噛み砕く音が、

やけに大きく響いた。


肉を噛み切る合間、

僕は肩から下げた革紐に触れた。


薄い包みの中に、

一冊の本がある。


ブルードの視線が、

そこに落ちる。


「それ」


短く、指を差す。


僕は一瞬ためらってから、

本を引き寄せた。


読むためじゃない。

ただ、そこにあるのを確かめただけだ。


「字か」


否定でも、

嘲りでもない。


事実を確かめる声だった。


僕は、うなずく。


「……変わってるな」


ブルードは骨を噛みながら言った。


「だが」


少し間を置いて、


「殴れない時間に、

 それを見るなら」


低い声が続く。


「悪くはない」


褒め言葉じゃない。

でも、否定でもなかった。


「考えるやつは、

 前に出ない」


焚き火を見ながら、

そう言った。


「前に出ないやつは、

 長く残る」


それだけ言って、

それ以上は触れなかった。


僕は本を包み直し、

革紐を肩に戻す。


胸のあたりで、

その重みを確かめた。


夜は静かだった。


見張りも、

交代の声もない。


それぞれが、

勝手な場所で横になる。


僕は、

固めただけの土の上に横になった。


星が、

そのまま見える。


久しぶりに、

襲われる夢を見なかった。


朝は、

音で始まった。


乾いた破裂音。


次に、

空気が裂ける衝撃。


僕が起き上がる前に、

ブルードが前に出ていた。


三体。

ほとんど同時に。


一直線に走る。


グラウンドルが続く。


重たい体で、

そのまま突っ込む。


スカーミルは散る。


速い。

でも、狙いはない。


モル=ティアの魔法が飛ぶ。


前に出た先へ、

ただ放たれる。


人間だ。


鎧を着た集団。

盾と槍。

後ろには魔法使い。


ブルードが、

最初の一撃で一人を殴り飛ばした。


体が転がる。


次の瞬間、

魔法が膨れた。


光が、

一瞬遅れて――


爆ぜた。


ブルードの一体が、

内側から跳ねた。


皮膚が裂け、

骨が弾け、

体が崩れ落ちる。


別のブルードが、

吠えて前に出る。


殴る。

盾が歪む。

腕が折れる。


でも、

槍が腹を貫いた。


抜かれない。


次の魔法。


逃げ場はない。


体が折れて、

地面に叩きつけられる。


動かない。


グラウンドルが前に出る。


押し潰そうとして、

足元を削られる。


体勢を崩した瞬間、

光が頭を砕いた。


スカーミルが切り込む。


速さで、

人を倒す。


でも、

矢が飛ぶ。


魔法が走る。


体が貫かれて、

地面に落ちる。


ブルードは、

最後まで止まらなかった。


三体目。


盾に体当たりし、

押し倒す。


背後から槍。


抜かれて、

突き込まれて、


それでも、

殴ろうとして――


魔法が胸元で炸裂した。


体が、

前後に裂ける。


音だけが残る。


静かになった。


集落の外壁は、

崩れていない。


焚き火も、

まだ燃えている。


人間たちは、

隊列を整え直す。


負傷者がいる。


深追いはしない。


合図。


撤退。


彼らは、

集落に踏み込むことなく消えた。


僕たちは、

追わなかった。


追える者が、

もういなかった。


僕は、

地面を見ていた。


夜、

ブルードと肉を食った場所。


今は、

黒く焼けている。


「……同じじゃないか」


声が、

勝手に漏れた。


「僕らと」


答えはない。


集落は、

守られた。


でも――

前に出た者たちは、

一体も戻らなかった。

つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ