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役割

第五十八話

役割


部屋に足を踏み入れた瞬間、濁将は小さく息をのんだ。


壁一面に並ぶ書物。

種類も厚みも不揃いで、装丁も統一されていない。

それでも――ここには、確かに“集められた意思”があった。


「……これは、素晴らしいですね」


濁将はゆっくりと視線を巡らせる。


「これだけの知が、一人の中に蓄えられているとは。

 いえ、正確には――集め、守り、繋いできた、というべきでしょうか」


僕は何も答えられなかった。

褒められているのだと理解するまで、少し時間がかかった。


「この子の力はね」


不意に、翼将が口を挟む。

書架の端、明らかに場違いな装飾品を指でつつきながら。


「文字」

「剣も魔法も使えないけど、文字は使える」


そう言って、どこか得意げに笑った。


「だから、こういうの集めるのは上手いんだよ」


濁将は小さく頷いた。


「……なるほど。

 魔族が軽視してきたものばかりだ」


少し間を置いて、濁将は本題に入る。


「将は、残り二人」

「灼将と、鎧将です」


その名を聞いて、翼将は肩をすくめた。


「うわ、めんどいの残ってるじゃん」


「特に鎧将は――」


濁将は続ける。


「切り立った山脈の合間に拠点を構えている、としか分かっていません。

 平地はほとんどなく、街道も定まらない大陸です」


「地図も、正確なものは残っていない」


「はい」


濁将は静かに言った。


「だからこそ、あなたの知恵を借りたいのです」


「……ちょっと待ってください」


僕はそう言って、地図の束を引き寄せた。

古い航路図、商人の走り書き、断片的な記録。


運び屋も自然と隣に来て、上から覗き込む。


「この辺り……」


指先が止まる。


「山脈が連なっていて、風向きの記録が不安定」

「航路も途中で切れてる」


運び屋が低く唸った。


「確かに。

 あそこは俺たちもあまり近寄らねえ」


「風が読めない」

「飛ぶには、ちょっと嫌な場所だ」


僕は頷いた。


「でも、だからこそ――」

「拠点を置くなら、向いてる」


濁将は、その一点をじっと見つめたあと、微かに笑った。


「……なら、決まりですね」


部屋の空気が、少しだけ軽くなる。


そのとき、翼将が僕の前に歩み寄った。


「はい、これ」


そう言って、背中の翼から一本、羽根を抜き取る。

驚くほどあっさりと。


「これ見せれば、私の使者ってすぐ分かるから」


「困ったら使いな」

「まあ、なるべく困らないでほしいけど」


冗談めかして言いながら、羽根を僕の手に押しつける。


濁将が、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


「責任を感じる必要はありません」

「あなたは、繋ぐだけでいい」


運び屋が、背後から肩に翼を置いた。


「聞いたろ」

「お前の役割は、それだ」


僕は、ゆっくりと息を吐いた。


逃げ道ではない。

でも、前に出る一歩でもない。


ただ――繋ぐ。


その役割だけは、今の僕にも引き受けられる気がした。


地図の上、切り立った大陸の一点に、視線が集まる。


そこから、次が始まる。


地図を畳む音が、部屋に小さく響いた。


僕と運び屋が部屋を出たあと、

残ったのは濁将と翼将だけだった。


濁将は、書庫をもう一度だけ見回してから、静かに口を開く。


「……うまくいきましたね」


翼将は、ソファの背にだらっと身を預ける。


「んー……」

「正直さ、こういうのあんま好きじゃないんだけど」


濁将は、否定も肯定もせず、続きを待つ。


「責任とか、期待とか」

「あの子、そういうの全部抱え込むタイプでしょ」


一瞬だけ、翼将の視線が扉の方へ向いた。


濁将は、穏やかに言う。


「ですが――彼なら大丈夫です」


翼将は、間を置かずに返した。


「……知ってる」


それだけ言って、翼を軽く揺らす。


余計な言葉はなかった。

けれど、その一言には、将としての確信が込められていた。

つづく

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