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可能性はまだある

第五十六話

可能性はまだある


濁将は、少しだけ視線を伏せた。

水面に映る光が、静かに揺れる。


「あなたほどの知を持ちながら、

 なぜそれを広めなかったのか。

 正直、不思議に思っていました」


その声には、否定も肯定もなかった。

ただ、考えを咀嚼した末の、落ち着いた響きだけがあった。


僕は、少し間を置いて答える。


「……生半可だと、

 死地に送るようなものだと思ったからです」


言い訳でも、後悔でもない。

ただの事実としての言葉。


「技は、力を補います。

 でも、基礎がなければ――

 磨く前に、折れます」


濁将は静かに頷いた。


「恐れた、ということですね」


「はい」


短い肯定だった。


「では――」


濁将は、言葉を選ぶように続ける。


「もし、

 磨けば手が届く可能性を持った魔族がいるとしたら。

 その場合は、どうお考えですか」


僕はすぐには答えなかった。


視線を落とし、

一度、呼吸を整えてから口を開く。


「……それは」


少しだけ、間。


「その時、考えます」


濁将は、ほんのわずかに目を細めた。


「そうですか」


納得した、というよりも。

無理に踏み込まないと決めたような声だった。


「十分です。

 今日は、ここまでで」


濁将は立ち上がり、軽く頭を下げる。


「疲れたでしょう。

 十分にお話を聞けました」


その態度は、将としてではなく、

一人の聞き手としてのものだった。


「信頼している者たちと、

 食事でも取ってください」


一拍、置いてから。


「……率直に話していただき、

 ありがとうございました」


その言葉は丁寧で、

同時に対等な相手への礼でもあった。


「あなたの言葉は、

 私にとっても重いものです」


僕は、少し驚いたように濁将を見る。


だが、濁将はそれ以上踏み込まない。


「お疲れ様でした」


会談が終わり、場は静かに解散した。

次に濁将が足を運んだのは、翼将の私室だった。


濁将は、翼将の様子を一瞥してから、静かに口を開いた。


「先ほどの会談内容についてですが」


「やだなあ、その言い方」

翼将は背もたれに体を預け、羽をぱたぱたと揺らす。

「もう終わった話じゃないの?」


「いいえ」

濁将は首を振る。

「ここからが本題です」


翼将は、少しだけ眉を上げた。


「……なに。

 また面倒くさい話?」


「面倒かどうかは、あなた次第です」

濁将は淡々と続ける。

「ただ、可能性は感じました」


「可能性?」

翼将は鼻で笑う。


「はい」

即答だった。


「正直に申し上げます」

濁将は視線を逸らさない。

「あの者たちに対抗するには、

 個の強さだけでは足りません」


「で?」

翼将は片羽を持ち上げる。

「今さら言われても困るんだけど」


「ですから」

濁将は一拍置いた。

「将を集めます」


空気が、わずかに止まった。


「……は?」

翼将が間の抜けた声を出す。


「灼将」

濁将は指を一本立てる。

「そして、鎧将」


「ちょっと待って」

翼将は身を起こす。

「その二人、

 “集まる”タイプじゃないでしょ」


「承知しています」


「灼将は灼将で勝手だし」

翼将は肩をすくめる。

「鎧将はクソ真面目すぎるし」


「だからです」

濁将は静かに言った。

「“可能性”がある」


翼将はしばらく黙り込み、

やがて、ふっと息を吐いた。


「……あの子」


「はい」


「人の文字を読む、あの子」


「ええ」


「正直さ」

翼将は口角を上げる。

「ちょっと面白かった」


「あなたがそう感じたのなら」

濁将は小さく頷く。

「十分です」


「でもさー」

翼将は指を振る。

「失敗したらどうすんの?」


「その時は」

濁将は即答した。

「その時に考えます」


翼将は一瞬きょとんとし、

次の瞬間、吹き出した。


「なにそれ」

「ズルじゃん」


「逃げ道を残すのも」

濁将は静かに言う。

「生き残るための知恵です」


「……あー」

翼将は天井を見上げ、

くるりと寝転がる。


「やだなあ」

「こういうの」


少し間を置いてから。


「でも」

翼将は笑った。

「チャレンジは嫌いじゃない」


「面白そうだし?」


濁将は、ほんのわずかに目を細めた。


「では」

「お力添えを」


「仕方ないなあ」

翼将は羽をばさっと広げる。

「濁将に乗せられたってことにしとく」


「ありがとうございます」


「言っとくけど」

翼将はにやりと笑う。

「灼将も鎧将も、

 めんどくさいよ?」


「存じています」


「ま、いっか」

「退屈よりはマシ」


翼将は楽しそうにそう言った。

つづく

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