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濁る兆し

第四十九話

濁る兆し


島の港は、にぎわっていた。


船が入り、

荷が下ろされ、

人が流れる。


離島の中継地としては申し分ない規模だ。

航路も多く、倉庫も並び、

補給と中継のために作られた街だと一目でわかる。


——それなのに。


フィロは、港務所の壁に貼られた海図から目を離さなかった。


赤い線。

二重線。

そして、墨で雑に塗り潰された海域。


「……航行禁止が、増えている」


リラが、槍を肩に預けたまま覗き込む。


「ここも、ここも……

 以前は通っていたはずの航路ですね」


「理由が書いていない」


フィロは淡々と言う。


「嵐でも、座礁でもない。

 “危険”とだけ書いてある」


「雑すぎませんか?」


「雑だから、意図がある」


フィロは指先で、

禁止海域をなぞった。


「この線、

 島を中心に、円を描くように引かれている」


シェリスが背伸びして覗く。


「つまり?」


「危険なのは“海”ではない」


フィロは答える。


「ここを通ると、

 “何かに近づく”」


リラが、息をのむ。


「接近禁止……」


「航行を止めるほどの存在。

 だが、討伐命令は出ていない」


フィロは海図から視線を上げた。


「つまり、

 正体も、規模も、把握できていない」


その時。


オリヴェットが、無言で一歩外へ出た。


弓を背に、

人の流れを遮らない位置で立ち止まる。


視線だけが、

港の外れ——

倉庫群の向こうを捉えていた。


「……オリヴェット。」


呼びかけには応えない。


ただ、

わずかに耳を動かし、

風の流れを読むように顔を傾ける。


「気配、ですね」


リラが小声で言う。


「あー?」


シェリスが、串焼きをかじりながら口を挟む。


「ヤバいやつ?」


「今は答えようがない。」


フィロは即答した。


「この街は、

 “危険がどこにあるか”を知っている」


「でも——」


リラが周囲を見る。


人々は普通に暮らしている。

恐れている様子も、

避難している様子もない。


「誰も、騒いでいません」


「騒げないんだ」


フィロは言った。


「危険の輪郭が、

 まだ“兆し”の段階だからだ。」


シェリスが、ふっと鼻で笑う。


「なるほどね。」


フィロは頷く。


「濁りは、必ず上流がある」


オリヴェットが、

静かに戻ってきた。


何も言わない。

だが、弓を持つ指に、

わずかな力がこもっている。


「……始まっているな」


フィロは、海図を畳み一度だけ港を見回した。


人の声。

荷の音。

帆が鳴る。


どれも、いつも通りだ。


「……船を出す」


その一言で、空気が変わった。


「え、もう?」


シェリスが目を丸くする。


「遊ぶんじゃねえのかよ」


「兆しの段階で動けるなら、動く」


フィロは迷わない。


「濁りが流れになる前に、

 源を見に行く」


リラは槍を背負い直した。


「目的地は?」


フィロは、畳んだ海図を軽く叩く。


「航行禁止線の外縁。

 この街から一番近い地点だ」


オリヴェットが、無言で頷いた。


弓を持ち、

すでに船着き場の方へ視線を向けている。


「……はぁ」


シェリスが大きく息を吐く。


「観光は短かったな」


「またできる」


フィロは言い切った。


「へいへーい」


笑いながらも、

シェリスはついていく。


フィロは歩き出す。


港務所の奥。

船の登録と、

航行許可の窓口へ。


背中に、

街のざわめきが遠ざかる。


誰もまだ知らない。


この島の外れで、

濁りが、確かに溜まり始めていることを。


そしてその流れが、

やがて——

止めようのない濁流になることを。

つづく

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