凱旋、そして終わらない旅路
第四話
凱旋、そして終わらない旅路
王都への帰路は、
拍子抜けするほど静かだった。
帰りの海は穏やかで、
空は、いつもと変わらない色をしている。
あの薄闇も、
あの重さも、
振り返れば、まだそこに残っているはずなのに。
船の上に立つ四人は、
何も語らなかった。
語るべきことが、
ないわけではない。
ただ――
言葉にするほどの出来事ではない、
という顔をしていた。
港町が見えた時、
人の気配に、むしろ違和感を覚えた。
桟橋には、
すでに兵が並んでいる。
その奥には、
民衆の列。
旗が揺れ、
鐘が鳴り、
声が上がる。
早すぎる。
情報が回るには、あまりに早い。
それでも、
誰もそのことを口にしない。
「Arkだ!」
誰かが叫ぶ。
その一言で、
熱が伝染する。
名前を呼ばれるより先に、
称号が走った。
英雄譚は、
いつもそうだった。
凱旋の日、
街はひとつの熱に包まれていた。
旗が振られ、
花が舞い、
声が重なっていく。
魔王の名は繰り返されず、
代わりに、四つの称号だけが残る。
Ark Knight。
Ark Bishop。
Ark Walkure。
Ark Hoplites。
人々はそれを英雄と呼び、
疑うことなく信じていた。
列の中で、
フィロは背筋を伸ばして歩く。
視線は正面。
手を振る角度も、歩幅も正確だった。
期待されていることを、
彼女は知っている。
それに応えることが、
自分の役割だとも。
少し後ろで、
オリヴェットは空を見ていた。
風の流れ。
人の密度。
音の反響。
この場所が、自分の居場所ではないことを、
言葉にせず理解している。
リラは大きな体を揺らしながら、
できる限り自然に笑った。
声をかけられれば応じ、
伸ばされた手を拒まない。
誇らしさと戸惑いが、
同じ場所にあった。
シェリスは、
列の少し外側を歩いていた。
両手を頭の後ろで組み、
あくびを噛み殺す。
歓声は耳に入っている。
だが、その中に自分の名前はない。
それでも、
嫌ではなかった。
むしろ、
これで終わりなのかと、
少しだけ思った。
夜。
ライトフィールド邸は、
変わらず静かだった。
「父上、母上、アルベルト。
ただいま戻りました」
父は短く頷く。
「よく戻った。
家の名に恥じぬ働きだった」
それは、
娘ではなく騎士への言葉。
フィロは受け取る。
母は歩み寄り、
その髪にそっと触れる。
「今日は休みなさい。
疲れたでしょう」
その一言で、
ようやく鎧が外れる。
弟は胸を張る。
「姉様のように、
名を背負える者になります」
未来は、
すでに定められている。
フィロは微笑み、
それを否定しない。
山の家には、
灯りがあった。
扉を開けた瞬間、
腕が伸び、体が包まれる。
言葉はない。
火の揺れる食卓。
並べられた肉。
肩が触れる距離。
誰も戦争を語らない。
星の多い夜、
オリヴェットは外に出て、星を見上げる。
森は変わらず、
風は正しい。
ここが帰る場所だと、
身体が覚えている。
だからこそ、
また戻る必要があることも。
街の一角では、
リラが家族に囲まれていた。
「おかえり!」
明るい声。
駆け寄る足音。
妹は微笑み、
弟は目を輝かせる。
「ほんとに英雄だな!」
「向こう、どうだった?」
リラは腰を落とし、
笑って腕を広げる。
「ただいま」
触れ合う温度。
確かな重み。
父は誇らしげに胸を張り、
母は静かに涙を拭う。
教会は、静かだった。
凱旋の鐘が鳴り止んでも、
空気は変わらない。
視線は合わず、
距離は最初から定められている。
女神像の前で足を止め、
床に座る。
祈るためではない。
ただ、
そこにいるために。
外から、祝祭の音。
歓声の中に、
自分の名前はない。
シェリスは背を預ける。
冷たい石の感触。
ここには、
何もない。
だから、
外へ行く。
歩いている時だけが、
生きている時間だった。
最後に、
像を見上げる。
「……見直しても、似てねえなあ」
翌朝。
四人は、
再び集められる。
命令は短く、
事務的だった。
残存する魔族勢力の迎撃。
徹底的な掃討。
理由は語られない。
必要だから。
それだけだ。
人々は再び旗を振る。
英雄は、
何度でも必要とされる。
祈りの言葉は、
いつも同じだった。
「どうか、今回こそ」
かの者たちによって、
守られた街があり、
繋がった道があった。
彼女たちは歩き出す。
終わりのない旅路へ。
それが、
Arkであるということだった。
つづく




