戦いのある場所
第四十四話
戦いのある場所
拠点に戻ると、
まず音が増えた。
羽音。
足音。
どこかで金属を叩く音。
遠征に出ていた連中が戻り、
それぞれがそれぞれの場所へ散っていく。
誰かが笑い、
誰かが怒鳴り、
誰かが怪我を自慢している。
――生きて戻った、という空気だった。
「ただいまー」
翼将が軽く手を振った、その瞬間。
「将ーッ!!」
甲高い声が飛ぶ。
フルル族の一体が、槍を担いだまま駆け寄ってきた。
「どこ行っとったんですか!」
「戻ってきた言うたら、もうおらんて聞きましたけど!」
翼将は足を止め、ちらりと振り返る。
「え?」
「ちょっと散歩」
「散歩て!」
フルル族が大げさに翼をばたつかせる。
「こっちは将が消えた言うて、みんなザワついとったんですよ!」
「また勝手にどっか行ったー言うて!」
「勝手は失礼だなぁ」
翼将は肩をすくめる。
「ちゃんと戻ってきてるでしょ」
「結果論ですわそれ!」
周囲で、笑いが起きる。
翼将は気にも留めず、建物の中へ歩き出した。
豪華ではある。
だが、どこか歪だ。
壁は厚いが、
継ぎ目は雑。
床は広いが、
歩くたびに軋む。
人間の町だった名残が、
整えられないまま残っている。
「……直したほうが」
僕は、
無意識にそう呟いていた。
すぐに、
視線が集まる。
「お?」
フェッロ族の男が、
腕を組んでこちらを見る。
「直す、って聞こえた気がしたが」
「気のせいか?」
言い方は軽い。
だが、目は鋭い。
その横で、
翼を持つ亜人――フルル族が、
槍を肩に担いだまま首を突っ込んでくる。
「なぁなぁ、今なんて?」
「直す? 直す言うた?」
声がでかい。
「このボロ屋敷を?」
笑い声が上がる。
僕は一瞬、
言葉を選んだ。
「……完全に、ではないです」
「でも、
今よりは、ずっと」
フェッロ族が、
片眉を上げる。
「ほう」
「じゃあ聞こうか」
「何からやる?」
周囲の魔族たちも、
足を止め始めていた。
戦いがない時間。
やることがない時間。
――興味を向けるには、
十分すぎる。
僕は、
手にしていた本を閉じる。
「まず、
建物の“役割”を整理します」
「役割?」
フルル族が首を傾げる。
「屋根は守るため」
「壁は区切るため」
「床は、
動くため」
一つ一つ、
当たり前のことを言う。
だが、
それを“まとめて言われた”ことは、
この拠点ではなかったらしい。
「……なるほどな」
フェッロ族が、
小さく笑った。
「強いから集まった」
「集まったから住んでる」
「住んでるから壊れる」
「壊れたら……まあ、気にしない」
「そういう場所だ」
フルル族が、
大きく頷く。
「わかる!」
「めっちゃわかる!」
「壊れたら、
また強いやつが埋めるやろ、ってやつや!」
笑いが起きる。
翼将は、
その様子を階段の上から眺めていた。
楽しそうに。
「いいじゃん」
「やってみなよ」
「失敗しても、
また壊れるだけだし」
軽い。
だが、
止める気はない。
僕は頷き、
床に膝をついた。
石の並び。
木材の癖。
歪んだ梁。
指でなぞり、
頭の中で組み直す。
「……ここ、
荷重が逃げてます」
「支えを一本、
内側に」
フェッロ族が、
すっと動いた。
人の形をした身体が、
硬質化する。
「ここか?」
「はい」
石を持ち上げ、
位置を変える。
音が変わった。
軋みが、
少し減る。
「おお?」
フルル族が、
目を丸くする。
「なんか……」
「ちゃんと“家”っぽくなってへん?」
周囲がざわつく。
誰かが木材を持ってきて、
誰かが石を運ぶ。
指示を出したわけではない。
ただ、
“面白そう”だから集まってきた。
それで十分だった。
「……お前さ」
フェッロ族が、
僕を見下ろす。
「戦いの話は、
もう聞いた」
「だが、
こういうのもできるとはな」
一拍置いて、
口角を上げる。
「便利すぎだろ」
「褒めてる」
フルル族が、
すかさず口を挟む。
「なぁなぁ」
「次、
あっちの壁も見てくれへん?」
「風、
めっちゃ抜けて寒いねん」
「……わかりました」
僕は立ち上がり、
そちらへ向かう。
その背中を、
翼将が見ていた。
楽しそうに。
まるで――
新しい玩具を見つけたみたいに。
その時だった。
外で、
羽音が強くなる。
ゾフ族が、
軽い足取りで近づいてくる。
「おう」
「そこの槍持ち、
行くぞ」
フルル族が振り返る。
「え、今?」
「今」
ゾフ族は、
僕を一瞥して笑った。
「空飛べるやつと組むの、
初めてでな」
「これが知識ってやつか?」
「俺も、
ちょっと賢くなっちまったな」
ガハハ、と笑う。
フルル族も、
槍を担ぎ直した。
「しゃーないなぁ!」
「置いてかれたら、
拗ねるでホンマ!」
二人は、
軽い調子で歩き出す。
今から戦いに行くとは、
思えないほどに。
翼将が、
手を振った。
「いってらー」
「無事なら上出来!」
ゾフ族は、振り返らずに首を一度大きく振った。
羽毛がばさりと揺れ、
長い脚が地面を蹴る。
「任せとけ!」
それだけ言って、走り去っていった。
二人の背中が、
遠ざかる。
拠点には、
また別の音が戻ってくる。
石を運ぶ音。
木を削る音。
笑い声。
僕は、
手元の壁に触れながら思った。
――ここは、
戦う場所だ。
けれど同時に、
生きていく場所でもある。
その両方を、
知っている者たちが集まっている。
そんな場所の一日だった。
つづく




