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我儘な散歩

第四十三話

我儘な散歩


街は、静かだった。


完全な静寂というわけではない。

風が抜け、どこかで板が軋み、遠くで瓦礫が転がる音がする。


けれど――

人の気配だけが、きれいに消えていた。


路地の奥で、

誰かが走り去る足音がした。


振り返る者はいない。

追う者もいない。


「……逃げるなら追わない主義なんだよね、あたし」


翼将は、あっさりと言った。


「消えてくれるなら助かるし。

 だってさ、邪魔じゃん?」


悪びれもせず、

楽しげでもなく、

ただ事実として。


僕と運び屋は顔を見合わせ、何も言わなかった。


それで、この街は終わったらしい。


「よーし、じゃあ探索ターイム」


翼将は軽く手を叩き、

壊れかけの商店の扉を蹴り開けた。


中は荒れている。

棚は倒れ、箱は開きっぱなし、

中身が床に散らばっている。


翼将は一つ一つを拾い上げ、

箱の中に放り込んでいく。


「これ、キラキラしてる」

「これ、形おもしろい」

「これ、音が鳴る」


用途は気にしない。

価値も測らない。


気に入ったら、箱へ。

それだけだ。


「……それ、壊れた秤だぞ」


運び屋が言うと、


「へー。重さ測るやつ?

 じゃあ羽根乗せたら全部軽くなるね」


意味不明な理由で採用された。


僕は黙って、床に落ちていた紙束を拾い、

文字だけを流し読みする。


もう使われない店の帳簿。

商品の一覧。

値段。


役には立たない。

でも、頭に入る。


翼将は、次の店へ向かって歩き出した。


通りを渡り、

半壊した飲食店に入る。


椅子は倒れ、

鍋は空。


「うわ、これ綺麗じゃん」


翼将が反応したのは、

磨かれたスプーンだった。


光を反射して、鈍く光る。


「これ好き。持ってく」


箱に入る。


「……それ、食器だぞ」


「知ってるけど?

 綺麗だからいいの」


理屈は通らない。


そのとき、

僕はカウンターの下に置かれた壺に気づいた。


蓋はずれている。

中はほとんど空だ。


でも、底に残った白い跡。


「……これ」


持ち上げると、

翼将がすぐに反応した。


「なにそれ」


「発酵させた乳です」

僕は少し考えてから続けた。

「人間の食べ物で……飲み物に近い」


翼将は躊躇なく、指で少量をすくう。


口に入れた瞬間、

ぴたりと動きが止まった。


「…………すっぱ」


横で見ていた運び屋が、翼をすぼめる。


「顔、正直すぎる」


「いや嫌いじゃないけど!」

翼将は即座に言い訳する。

「でもこれ、テンション上がる系じゃない!」


僕は棚を探り、

小さな陶器の瓶を見つけた。


「……こちらを少し」


中身は蜂蜜だった。


とろりと垂らし、

静かに混ぜる。


翼将が、もう一度口にする。


一拍。


「………………え?」


もう一口。


「なにこれ。

 さっきと別物なんだけど」


運び屋が、低く笑う。


「だから言ったろ。

 人間の“食う知恵”は変なところが鋭い」


翼将は壺を傾ける。


「……あ、ないわ。

 終わり」


「ですが」

僕は続ける。

「作れます。材料も、方法も残っています」


翼将は、空の壺を抱えた。


「じゃあこれ持って帰る」


「……空ですけど」


「だからいいの」

翼将はあっさり言う。

「また作れるんでしょ?」


運び屋が、僕を見る。


何も言わない。

ただ、否定もしなかった。


翼将はにっと笑う。


「こういうの、好き。

 派手じゃないのに、ちゃんと残るやつ」


さらに街を歩く。


石畳を踏み、

壊れた看板を跨ぎ、

風に揺れる布を避ける。


宝石商の店は、

奇跡的に形を保っていた。


棚の奥、

小さな箱。


埃を払った瞬間、

青い石が、灯りを受けて鈍く返した。


二十面体に近い、多面体のカット。


翼将が、足を止める。


「……それ」


箱を覗き込むでもなく、

視線だけで指す。


「ちょっと、変じゃない?」


運び屋が一歩近づき、

距離を詰める。


「……微弱だな」


鼻で笑うほどでもない、

けれど無視もしきれない程度。


「あるっちゃ、ある」


翼将は肩をすくめた。


「うっすーい。

 使い道があるとかじゃないやつ」


二人の視線が、僕に向く。


「分かる?」

「気づくか?」


僕は首を振る。


「この宝石は――

 人間側の記録では、魔力を留めません」


箱の脇に残っていた書面を示す。


装飾用宝石。

魔力保持性なし。

加工難度が高く、

主に装飾用。


「装飾用です。

 名前は……アクアイア」


「ふーん」


「角多いの嫌い。

 引っかかるし」


翼将は興味なさそうに言い、

次の棚へ行こうとして――


ふと、立ち止まった。


「じゃ、気にしなくていいね」


そう言って、

石を僕の手から取る。


「どうせ飾りなら、こうでしょ」


首元に回される、冷たい感触。


「はい、完成」


一歩引いて、満足そうに眺める。


「ほら。かーわーいー」


「……あの」


「似合ってる似合ってる。

 青、いいじゃん」


運び屋が、

小さく肩をすくめた。


「気に入ったなら、それでいい」


僕は、

首元の冷たい感触に、

少しだけ戸惑いながら、頷いた。


箱はそこそこ重くなった。


翼将は上機嫌で、

それを眺めている。


「いやー、楽しかった」


「……目的、達成しましたか」


「うん。だいたい」


適当な返事。


でも、

それで十分らしい。


僕は、

首元のアクアイアに手を添え、

街を振り返った。


もう、誰もいない。


けれど、

確かに、

何かを持ち出した。


それだけの話だ。

つづく

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