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将たる所以

第四十二話

将たる所以


夜だった。


僕と運び屋が泊まっている建物は、

元は人間の宿屋だったらしい。

壁は残っているが、

扉の立て付けが少し悪い。


僕は机に向かい、

開いた本を閉じるでもなく、

ただ頁を指で押さえていた。


考えが、まとまらないわけじゃない。

でも、今は――

整理するほどの材料も、必要な判断もなかった。


その扉の向こうで、

やたらと騒がしい声がしていた。


「だから!

 今はダメだって言ってるだろ!」


「いや、マジで!

 寝てる時間だから!」


「将! 将ってば!」


――将。


その単語が聞こえた瞬間、

運び屋が小さく息を吐いた。


「来たな」


次の瞬間。


ばたん!


扉が、

ほぼ蹴り開けられた。


軽すぎる声と一緒に、

扉が勢いよく開いた。


「やっほー」


羽が揺れる。


翼将だった。


部屋の空気が、一気に変わる。


「……は?」


運び屋が振り返るより早く、

羽根の影が室内に滑り込んだ。


「うわ、狭っ。

 やっぱ人間の宿ってコンパクトでいいねー」


翼をたたみながら、

そのままベッドに――


ぼふん。


派手な音を立てて、

将は仰向けに倒れ込んだ。


「はぁ~……。

 こういう柔らかいの、嫌いじゃないんだよね」


「ちょ、将――!」


廊下の向こうから、

慌てた気配と声。


「勝手に入らないでください!」

「報告もなしに!」


「はいはい、後でね~」


翼将は片手をひらひら振り、

全く気にしていない。


そして、

ごろごろと転がろうとして――


「……あ」


羽根が邪魔で回れず、

そのまま止まった。


「ちぇ。

 羽根たたむの忘れてた」


僕は、黙って見ていた。


見覚えがある。

この空気。


強さが、

常識よりも前に立つ場所。


「で」


翼将は、

横目で僕を見た。


翼将は起き上がり、

運び屋が一歩前に出る。


「何か用か?」


すると翼将は、

一瞬だけ首を傾げて――


次の瞬間、

にやっと笑った。


「お散歩!」


「……え?」



夜の空は、

思ったよりも静かだった。


風を切る音だけが、

一定の間隔で耳を撫でる。


僕は、

運び屋の背に掴まりながら、

少し前を飛ぶ影を見る。


翼将だった。


街の灯りもない夜空で、

あの羽だけが、

やけに自由に揺れている。


「ねえねえ」


翼将が、

前を向いたまま声を投げてくる。


「急に連れ出されてさ、

 “何事!?” って顔してたけど」


一拍。


「そんな大した用じゃないから安心して」


安心できる要素は、

今のところ一つもない。


「制圧済みの人間の街があるの」


軽い口調だった。


まるで、

散歩コースの説明みたいに。


「もう住んでる人はいない。

 でもさ、残ってんのよ」


羽ばたきが、

少しだけ強くなる。


「物とか、仕掛けとか、

 考え方の名残とか」


夜空の下、

地上の暗がりを指す。


「ああいうの、

 あたしたちが見ても

 正直よく分かんないじゃん?」


否定はできない。


「でも」


翼将は、

ちらりとだけ振り返った。


「アンタは分かるでしょ」


問いではない。


確認でもない。


ただ、

事実を並べているだけの声だった。


「ゾフが言ってた」


「戦いのとき、

 アンタは“考え方”を引っ張ってきたって」


風が、

一瞬だけ強く吹く。


「だからさ」


翼将は笑う。


「面白いもんが転がってたら、

 拾えるかなーって思って」


軽い。


本当に、

驚くほど軽い。


「別に役目とかじゃないよ?」


「義務でもないし、

 将としての仕事でもない」


羽が、

夜空に大きく広がる。


「ただの好奇心」


「それだけ」


一拍置いて、

付け足すように言った。


「それに」


「知ってる?」


翼将は、

楽しそうに続ける。


「人間の街って、

 “無駄”が多いの」


無駄。


その言葉が、

胸の奥に残る。


「無駄が多いってことはさ」


「余白があるってことでしょ?」


「余白があるなら、

 まだ使える」


何に、とは言わない。


誰のために、とも言わない。


ただ、

夜空を飛びながら、

当たり前のように言う。


「アンタの知識、

 その余白に置いてみたいなーって」


それだけだった。


風が、

また静かになる。


翼将は、

それ以上何も言わなかった。


街は、

想定よりも整っていた。


崩れた建物の間に、

補修された壁。

仮設の屋根。

焚き火の煙が、まっすぐ上がっている。


動いている。

人の営みが、戻りかけている。


翼将は、

上空でゆっくり旋回した。


しばらく、黙る。


風の流れだけが、

羽の先を撫でていた。


「あちゃ~」


ようやく出た声は、

軽かった。


「これ、放っときすぎたやつだ」


責める調子でも、

焦る様子でもない。


ただ、

思い出したような言い方。


「一回取ったから安心、って思っちゃったな~」


下を見て、

肩をすくめる。


「人って、戻るの早いね」


感心とも、皮肉ともつかない。


街の端で、

誰かが空を指差した。


ざわりと、

動きが乱れる。


翼将は、

それを見て笑う。


「……あ、気づかれた」


声の調子は変わらない。


「ま、いっか」


そう言って、

高度を落とす。


「ちょっと片付けるだけだし」


夜空に、

三つの影が舞い上がった。


「じゃ、ちょっと待っててね」


翼将はそう言って、

合図もなく降りた。


風を切る音。

次の瞬間、

人間たちの陣形のど真ん中に立っていた。


剣を構えた者。

槍を突き出した者。

弓を引き絞った者。


全員が、

「降ってきた」存在を理解する前に――


翼将は、にこっと笑った。


「はぁい、人間さーん」


場違いなくらい、明るい声。


「忘れ物取りに来ただけだからさ、

 おとなしくココから消えてね?」


一拍。


首を傾げる。


「……あ、言葉わかんないか」

そして。


翼を、大きく広げた。


一振り。


音も、悲鳴も、

次の瞬間にはなかった。


風圧だけが、

街をなぎ払う。


人の束が、

夜空へ――

闇へ、消える。


静寂。


運び屋が、

小さく息を吐いた。


「……初めて見た。何だアレは」


その声に、

僕は何も言わなかった。


知っている。


この力の、

この距離感を。


「お待たせ~」


翼将は、

何事もなかったように戻ってくる。


「じゃ、探そっか。

 面白いもの」


将たる所以は、

説明されない。


ただ、

こうして在るだけだった。

つづく

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