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翼将

第四十一話

翼将


翼将は、

扉が閉まった瞬間――


「はー、めんどくさ」


そう言って、

部屋の奥の寝台へぼふんと飛び込んだ。


羽がばさりと広がって、

布を波打たせる。


回転はしない。

羽根が邪魔だからだ。

その代わり、器用に畳んで横向きになり、

脚をぶらぶらさせる。


「報告ってさー、立って聞くと損じゃない?」


ゾフが即座に返す。


「毎回言ってんな、それ」


「言わせて。将って疲れるの」


翼将は寝台の上でごろごろしながら、

爪先で床をとん、とん、と鳴らす。


視線だけが、

こちら――運び屋と僕へ流れた。


「で?」


軽い。

軽いのに、逃げない目。


ゾフが肩越しに親指を立てる。


「こいつが例の“文字のやつ”」


「へぇ」


翼将は、寝台から上体だけ起こす。


「文字読めるって、なにそれ。ずる」


ゾフが笑う。


「ずるって言うな」


「ずるでしょ。私、読めないし」


翼将は、寝台の端に肘をついて、

僕を覗き込む。


「じゃあさ」


ぱん、と軽く手を叩いた。


「見せて」


僕は瞬きする。


「いま。ここで」


翼将は当然みたいな顔をする。


「戦いの話はゾフが勝手に盛るからいいとして」


ゾフが即座に抗議する。


「盛ってねえよ」


「盛るでしょ。盛る顔してる」


「してねえ!」


翼将は笑って、

指先で周りを指す。


部屋は豪華だった。

だが豪華というより――“寄せ集め”だ。


人間の町の名残の家具。

磨かれていない鏡。

壁に掛けられた金属の飾り。

ガラスの器。

綺麗なのに、用途がないまま並んでいる。


「こういうの、いっぱいあるでしょ」


翼将は寝台から足を投げ出し、

床に降りた。


羽を揺らしながら、棚の前へ行く。


ゾフが横から口を挟む。


「飾りだろ」


「飾りって言うな。ほら、形かわいくない?」


翼将は言い切る。


ゾフが顔をしかめる。


「かわいさで戦はできねえぞ」


「できるよ。テンション上がる」


「上がんねえ!」


運び屋は何も言わず、

ただ目を細めて見ていた。


――選ぶ。


ここで求められているのは、

“大きいこと”じゃない。


この場にあるものを、

意味のある形に変えること。


僕は小さく息を吸い、

ランタンを手に取った。


翼将が、目を輝かせる。


「お。選んだ」


ゾフが鼻で笑う。


「いけるのかよ、これ」


僕は返事をしない。

代わりに、棚の下を探し、

油の匂いが残る小瓶を見つけた。


瓶を傾けると、

底にわずかな粘りが残っている。


翼将が覗き込む。


「それ、飲んだら死ぬ?」


「死にます」


僕は即答した。


翼将が嬉しそうに笑う。


「うける。ちゃんと死ぬんだ」


ゾフが呆れた。


「そこ喜ぶな」


僕は瓶を軽く振り、

残りを集めてから――

慎重にランタンの器に移す。


ぽと、

と一滴落ちて、

油が広がる。


足りない。


僕は周りを見渡し、

棚の奥にもうひとつ、

似た瓶を見つけた。


中身は空に見える。

だが、瓶口の縁に薄い膜がある。


指で触れると、

ぬるりとした感触。


「ある」


それを集めるように注ぎ足す。


翼将が面白がってくるくる回る。


「うわ、なんか職人っぽい」


ゾフが言う。


「職人じゃなくて、コソ泥っぽい」


「失礼すぎ」


「でも合ってる」


僕は芯の部分を探す。


芯――

細い布の束。


ここにはない。


僕は一瞬だけ考えて、

自分の袖口の端をちぎった。


翼将が「えっ」と声を漏らす。


「それ、服だよ?」


「はい」


「服ってちぎっていいんだ」


「……必要なら」


ゾフが笑った。


「必要なら、な」


僕は布を細く裂き、

撚って、芯の形に整える。


ランタンの口に通し、

高さを調整する。


その手つきは、

堂々としているわけじゃない。


だが、迷いが少ない。


翼将が頬杖をつく。


「ねえ、そういうのどこで覚えたの?」


僕は一瞬黙って、

短く答える。


「……文字です」


翼将が「はぁ〜」とため息をつく。


「文字、強すぎ」


ゾフが横から言う。


「で?火は?」


僕は火種を探し、

壁際の箱を開ける。


中に、黒い石。

擦るための鉄片。


火打ち石だ。


僕は息を整え、

火打ち石を構え――


カッ、と擦った。


火花が散る。


一度。

二度。

三度。


翼将が身を乗り出す。


「がんばれ」


ゾフも口を挟む。


「落とすなよ。燃えるぞ」


「燃えたら燃えたで面白くない?」


「面白くねえよ!」


四度目。


ぱち、と火花が芯に噛む。


小さな火が、

ふ、と生まれた。


翼将の顔がぱっと明るくなる。


「うわ、かわいい!」


「火にかわいいとか言うな」


「言う!」


僕は火を安定させるため、

芯を少し下げる。


火が落ち着き、

ガラスの中で静かに揺れた。


部屋の空気が、

ほんの少しだけ変わる。


飾りだったものが、

“使える光”になった。


翼将は、その光を見つめて――

口角を上げた。


「……いいじゃん」


ゾフも、ランタンを見てから、

小さく鼻を鳴らす。


「……悪くねえな」


翼将が振り向く。


「ね?」


「ね、じゃねえ」


「ね、でしょ」


ゾフが肩をすくめた。


「で、将。どうすんだ」


翼将は寝台に戻り、

光を背にしてごろりと転がる。


「んー」


軽い声。


でも、決める声。


「この子、置いとく」


「使えるし」


ゾフが言う。


「使えるって言い方」


「だって使えるんだもん」


翼将は笑う。


「それにさ」


寝台の上で片足を揺らしながら、

僕へ視線を投げる。


「こういうの、もっと見たい」


「戦いじゃなくても」


運び屋が、そこでようやく短く言った。


「……それが、増える」


翼将は頷く。


「うん。増やそ」


「堅っ苦しいのは嫌いだけど、役に立つのは好き」


ゾフが呆れたように笑う。


「わがままだな」


「風だから」


翼将は言い切って、

手をひらひら振った。


「じゃ、今日はここまで」


「難しい話は明日。たぶん」


「たぶんかよ」


「たぶん」


光るランタンが、

部屋の中で静かに揺れていた。


その光は、

僕がここで“役に立つ”ことを、

言葉より先に認めていた。

つづく

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