仕事
第三十八話
仕事
街道は、
静かすぎるほど静かだった。
荷車が軋む音。
革靴と蹄が土を叩く音。
乾いた風が、幌を鳴らす。
護衛は少ない。
それでも、歩みは止められない。
「……来るぞ」
先頭の男が呟いた、その瞬間だった。
林の影が、弾ける。
亜人の魔物が、
横合いから街道へ躍り出た。
速い。
迷いがない。
荷台へ――
そう判断した刹那。
風が、裂けた。
一閃。
白い軌跡が、
魔物の動きを途中で断ち切る。
首が落ちるより早く、
身体が崩れた。
フィロだった。
着地と同時に、
もう一体へ踏み込む。
剣は振るわれない。
置かれただけだ。
それだけで、
喉が断たれた。
「――右!」
別方向からの突進。
だが、
そこにいた。
リラが、盾を構えたまま前へ出る。
踏み込み。
体重を乗せた一撃。
衝撃が、
空気を押し潰す。
魔物は横へ吹き飛び、
地面を転がった。
立ち上がる前に――
フィロが、
その首を落とした。
残った影が、
散り散りに逃げる。
だが、
逃げ切れた者はいない。
剣が、
確実に仕事を終わらせる。
数息後。
街道には、
静寂だけが残った。
「……助かった」
護衛の一人が、
震える声で言った。
フィロは頷かない。
礼も受け取らない。
ただ、
剣を一度、払った。
視点は、
集落へ移る。
建物の影。
崩れかけた壁。
逃げ惑う非戦闘員。
オリヴェットは、
無言で進んでいた。
躊躇はない。
だが、無駄もない。
確実に矢で貫く。
屋根の上で、
シェリスがそれを見ていた。
脚を組み、
頬杖をついて。
退屈そうでも、
油断はない。
その時だった。
裏手の小道から、
一人の亜人が現れた。
腕の中に、
小さな影を抱えている。
必死だった。
転びそうになりながら、
それでも走る。
前に、
影が立った。
フィロだった。
逃げ遅れた亜人の女は、
赤子を胸に抱きしめたまま、後ずさった。
足がもつれ、
それでも必死に声を絞り出す。
《待って……お願い……
この子だけは……この子だけは……》
フィロは、その声を遮らない。
最後まで聞いたあと、
一歩、距離を詰めた。
《貴様は運がいい》
その言葉に、
女の瞳が大きく揺れる。
安堵とも、期待ともつかない色が、
ほんの一瞬、浮かんだ。
次の瞬間――
抱えていた腕から、力が抜けた。
赤子の泣き声は、
そこで途切れた。
《……滅される前に、遺言を聞いてやる》
《あ……あぁ……ッ!!》
女は叫びながら、
狂ったようにフィロへと掴みかかる。
刃が閃く。
それで終わりだった。
沈黙が落ちる。
少し離れた場所で、
シェリスが鼻を鳴らした。
「なあ。なんて言ってたんだ? お前ら」
フィロは剣を下ろしもせず、
淡々と答える。
「知る必要はない」
視線は、すでに次を向いている。
「いずれ、使わなくなる言語だ」
風が、
集落を抜けていった。
誰も、
それ以上は何も言わなかった。
ARKの仕事は、
静かに終わった。
つづく




