底から抜ける
第三十四話
底から抜ける
集まった魔族たちは、
地図と文字の前で、各々のやり方を口にしていた。
「囲まれてるなら、正面だろ」
ゾフ族が軽く言う。
爪先で地面を蹴り、進路を示すように。
「森を使えば、多少は隙ができる」
ノーヴァ族の一体が、
たてがみを揺らしながら付け足す。
力で押す。
速度で抜ける。
それが、彼らの戦い方だった。
間違ってはいない。
だが――
僕は、口を開いた。
「……それだと、
突破した瞬間に、また囲まれます」
一瞬、空気が止まる。
ゾフ族が振り返った。
「は?」
責める調子じゃない。
純粋に、意味が分からない顔だった。
僕は懐から、
自分の本を取り出した。
ページは、すでに覚えている。
それでも、確かめるように開く。
「この拠点は、低地です。
底に集まってる」
地図を指でなぞる。
「街道は三本。
それ以外は柔らかい土と林。
踏ん張れるのは、ここだけ」
ゾフ族が、舌打ちする。
「だから正面だろ」
「正面だからです」
言葉が、自然に出た。
「人間は、
一点突破を“待つ”配置をしてます」
ノーヴァ族が、少し黙る。
フェッロ族の男が、壁にもたれたまま言った。
「つまり?」
「突破すると、
両翼が後ろに回る」
本を、軽く叩く。
「囲む側の文字は、
全部それで統一されてました」
図はない。
説明もない。
ただ、文字だけ。
――だからこそ、確信できた。
「ここは、
落とされる前提で使われてます」
ざわり、と気配が揺れる。
ゾフ族が、
初めて真顔になった。
「……底、か」
その一言で、
空気が切り替わった。
僕は続ける。
「でも、
まだ手があります」
ページをめくる。
「ゾフ族は、
固い地形で一番速い」
ゾフ族が、にやっと笑う。
「分かってるじゃねえか」
「ノーヴァ族は、
範囲で押せる」
たてがみが、わずかに帯電する。
「フェッロ族は――」
二人を見る。
「硬質化すれば、
無傷で耐えられる」
フェッロ族の女が、
興味深そうに眉を上げた。
「少しの間、ね」
そこで、
一つだけ空いたピースを埋める。
僕は、運び屋を見る。
「……どれくらい、背中に乗せて飛べますか」
運び屋は、
即答しなかった。
少し考え、
それから言う。
「荷なら、
両翼で運んだことはある」
「人二人分なら?」
「……問題ない」
その瞬間、
全員が理解した。
僕は、言った。
「突破点から、
少しズレた場所に――
フェッロ族を落とします」
静寂。
フェッロ族の女が、
肩をすくめた。
「空からの贈り物なら、
もう少しきれいな服にしておけばよかったわ」
男が、鼻で笑う。
「気にすんな。
どうせすぐ、泥だらけだ」
女は一拍置き、
口角を上げた。
「じゃあ先に謝っとく。
着地失敗して、
あんたの上に落ちたら――ごめんね」
「それだけは勘弁してくれ」
短い笑い。
二人は、
同時にこちらを見る。
確認の視線。
僕は、
一度だけうなずいた。
――冗談は、ここまで。
僕は息を吸う。
「……順番は、三つです」
指を立てる。
「まず、上から落とします。
フェッロ族が着地した瞬間、
人間は必ず、配置を動かす」
ざわり、と空気が動く。
「動いたところに、
街道からゾフ族が突っ込む。
正面突破に見せて――穴を開ける」
二本目。
「開いた穴を、
ノーヴァ族が広げる。
フェッロ族は硬質化で耐える」
三本目。
「そこから、
ゾフ族の後ろに続いて離脱。
僕と運び屋は、上から抜けます」
言い切った。
一瞬、静寂。
ノーヴァ族のたてがみが、
わずかにざわつく。
フェッロ族の男が、
女を横目で見た。
「……落ちる順番、
決めとくか?」
「後でね」
女は口角を上げる。
「今は忙しそうだから」
そのときだった。
ゾフ族が、
くちばしを鳴らす。
軽い音。
だが――
一気に空気が締まる。
「いい」
短く、はっきり。
「準備だ。
無駄話は、帰ってからにしろ」
それだけ。
誰も反論しない。
笑いは消え、
動きが生まれる。
場は、
完全に一つになった。
つづく




