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残された順序

第三十話

残された順序


拠点の中央に、

壊れた机が一つ残っていた。


脚は折れ、

天板は焦げ、

それでも紙を広げるには十分な平らさを保っている。


「ほらよ」


ゾフ族が、

箱をひっくり返した。


中から落ちたのは、

紙、紙、紙。


巻かれた地図。

束ねられた報告書。

血で汚れた覚え書き。


「まだ人間どもの知恵が転がってるぜ」

「使えるなら使ってみろよ」


軽い調子だった。

冗談半分。

試すつもりも半分。


僕は、

その前に膝をついた。


触れる前に、

一度だけ深く息を吸う。


――嫌な予感がしていた。


文字は、人間のものだった。

丁寧すぎるほど整った書式。

個人の手記じゃない。


一枚、めくる。


二枚、三枚。


……違う。


これは、

村の記録じゃない。


「……これ」


声が、

少し掠れた。


運び屋が、

すぐ横に立つ。


ゾフ族は、

興味なさそうに腕を組んだままだ。


僕は、

指で行をなぞる。


「期限指定」

「定期報告」

「次の満月までに返答を」


……返事は、ない。


返送用の封筒だけが残っている。

封蝋も、未使用のまま。


「ここは……単独で動いてない」


自分の声が、

やけに遠く聞こえた。


別の紙を取る。


言い回しが、

村のものじゃない。


命令形。

専門語。

責任の所在を明確にする書き方。


「これは……上から来た文だ」


ゾフ族が、

首を傾げる。


「上?」


「指示系統がある」

「ここは……管理下だった」


紙をめくる手が、

止まらない。


物資の一覧。


明らかに、

この拠点で消費する量じゃない。


「一時保管」

「次の便で送る」


行き先は、

書かれていない。


――書く必要がない。


「……終点じゃない」


喉が、

ひりつく。


地図を広げる。


この拠点より先が、

異様に詳しい。


渡河点。

高地。

退路。


拠点の名前は、

略号だけ。


「ここに住んでた人間が描いた地図じゃない」


言葉が、

一つずつ確信に変わっていく。


そして、

最後の一枚。


定期報告の、

最終通達。


日付は……数日前。


僕は、

それを見た瞬間、

理解してしまった。


「……まだ」


息が、

浅くなる。


「この拠点が落ちたことは……」

「まだ、知られてない」


誰も、

報告していない。


報告できる者が、

もういない。


だが――


届くはずの時間は、

とっくに過ぎている。


次に来るのは、

確認だ。


調査。

回収。

奪還。


論理的に。

当然の流れとして。


背中を、

冷たいものが這った。


ゾフ族が、

ぽつりと言う。


「……なんだよ」

「人間、来るのか?」


僕は、

答えなかった。


答えられなかった。


知ってしまったからだ。


ここは、

偶然取れた拠点じゃない。


狙われていた場所だ。


そして――

同じ場所は、

他にもある。


人間は、

知恵を失っていない。


むしろ、

正確で、冷静で、

組織的だ。


それを、

僕は――


読めてしまう。


膝の上で、

紙が震えた。


ゾフ族の笑い声が、

遠くに聞こえる。


運び屋は、

何も言わない。


ただ、

僕を見ていた。


その目だけが、

「逃げ場がない」と知っていた。


風が、

拠点を吹き抜ける。


静かなまま。


嵐の前の、

不自然な静けさだった。


――ここは、

始まりにすぎない。


僕は、

身の毛がよだつほど、

はっきりとそう思った。


ここは、

魔族が勝った場所じゃない。

勝たされた場所だ。


落とさせて、集めて、囲うための――

《包囲網・第一段階》だった。

つづく

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