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向う側に立つ

第二十九話

向う側に立つ


焼けた木材の匂いが、まだ空気に残っていた。


崩れた壁。

倒れた柵。

人が使っていた形跡だけが、意味を失って転がっている。


ここは、前進したばかりの場所だった。

人間の中継拠点。

――だった、場所。


今は魔族が使っている。


拠点と呼ぶには、まだ荒い。

生活はあるが、落ち着きはない。

戦場の延長線上に、無理やり立てた“足場”のような場所だった。


砦から運ばれてきた物資が、広場の端に積まれている。

干し肉。

水袋。

簡易の天幕。


その上に、影が落ちた。


羽音。

重い風切り音。


運び屋が降りる。


着地は静かだった。

周囲の魔族は、誰も騒がない。

見慣れた光景だ。


「おーい!」


弾んだ声が飛んできた。


二足で跳ねるように近づいてくる個体。

地上の鳥を思わせる体つき。

首が長く、動きが軽い。


ゾフ族だった。


「おっ、やっぱりアエンじゃん!」

「久しぶりだな!相変わらず上から落ちてくるのな!」


運び屋は翼を畳みながら、短く返す。


「落ちてない。降りただけだ」


ゾフ族は笑った。


「細けぇなあ!同じだろ!」


肩――正確には翼の付け根――を叩こうとして、

運び屋に軽く避けられる。


「で?今日は何だ?」

「物資?それとも拾い物?」


運び屋は答えない。


代わりに、少し横へ身をずらした。


その先に、僕がいた。


ゾフ族の視線が、ようやくこちらに向く。


「……ん?」

「なんだコイツ」


僕を一通り見て、首をかしげる。


「細ぇな」

「食うとこあんのか?」


運び屋が、即座に言う。


「触るな」


「えー?」

「いいじゃん、減るもんじゃねえし」


「減る」


運び屋の声は短い。

それだけで、ゾフ族は一歩下がった。


「冗談だって!」

「で?誰だよ」


「連れてきた」


それ以上の説明はない。


ゾフ族は僕を見て、

少しだけ興味を失った顔になる。


「へぇ」

「で、何ができるんだ?」


答えが出る前に、運び屋が言った。


「文字が読める」


一瞬。


ゾフ族が目を瞬かせる。


「……は?」


聞き返した。


「今なんつった?」


「文字が読める」


「はああ?」


今度は大きな声だった。


「何だそれ」

「役に立つのか?」


笑う。


悪意はない。

純粋な疑問だ。


ゾフ族は肩をすくめる。


「知恵なんざ、腹は満たさねぇぞ」

「剣みたいに振れるわけでもねぇ」


「……」


「まあいいや」


くるりと背を向け、

壊れかけの建物を指さした。


「まだ負けた人間どもの知恵とやらが、そこらに転がってる」

「何か見せてみろよ」


軽い調子だった。


試すというより、

暇つぶしに近い。


運び屋は何も言わない。


僕も、答えなかった。


そのときだった。


広場の端。

半壊した建物の陰。


木箱が一つ、目に入った。


焼けていない。

急いで残されたような、配置。


箱の上に、革の袋。


その中から、紙の端が覗いている。


書簡箱だ。


僕は、足を止めた。


誰にも呼ばれていないのに。


ゾフ族の声が、背後で響く。


「おい、どうした?」

「怖じ気づいたか?」


違う。


僕は、箱を見ていた。


封蝋の痕。

未使用の封筒。


書きかけの紙。


――違和感が、胸に引っかかる。


文字を、読めるからこそ。


ここは、

ただの“落ちた拠点”じゃない。


その思いが、

言葉になる前に。


風が、吹いた。


拠点の上を、

低く、長く。

つづく

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