王は、城に在る
第二話
王は、城に在る
島影が見えた時、
そこはすでに薄闇に包まれていた。
夜ではない。
だが、昼とも呼べない。
魔族領域は、
そういう色をしている。
海から切り立つ岩盤。
その上に貼り付くように築かれた城。
魔王城。
人類が幾度も語ってきた、
戦争の終着点。
船は、
予定通り接岸した。
誰も声を上げない。
誰も感慨を口にしない。
フィロは断崖を見上げ、
短く息を吐いた。
「手間が省けたな」
それだけだった。
城へ続く道は、ない。
あるのは、
切り立った岩と、
見上げるしかない高さ。
それでも、
誰も立ち止まらない。
フィロは一歩前に出て、
背後を振り返った。
「リラ、先に行け」
そう言って、
その肩を軽く叩く。
リラは一瞬だけ目を瞬かせ、
唇を噛みしめる。
「……はい」
短く、それだけを返した。
フィロは視線を外し、
シェリスとオリヴェットを一瞥する。
言葉はいらなかった。
次の瞬間、
オリヴェットが前に出る。
躊躇はない。
リラの腰を掴み、
そのまま持ち上げる。
巨体が、
宙に浮いた。
投擲だった。
悲鳴が上がる前に、
リラの身体は空を切り、
断崖の上へと消える。
重い音が、
遠くで一度だけ響いた。
それで十分だった。
シェリスは、
すでに浮いている。
風を蹴るように、
崖を越えた。
フィロは岩肌を蹴り、
影のように跳ぶ。
オリヴェットは最後に残り、
断崖を一度見上げてから、
何事もなかったかのように登り始めた。
魔王城は、
戦いのために築かれていた。
絶壁の上にそびえる城塞。
自然の地形を削り、
魔力を編み込み、
侵入という行為そのものを試練とする構造。
人類がいかなる英雄を連ねようと、
この城に辿り着いた時点で、
戦いはすでに最終局面へと移る。
それが、
魔族にとっての常識だった。
城内では、
迎撃の準備が進められている。
通路ごとに配置された戦士たち。
空間を歪める結界。
魔力を増幅する陣。
どれも、
人類の軍勢を幾度となく退けてきたものだ。
今回の相手は、
少数。
だが、
ここまで辿り着いたことは評価に値する。
「人類にしては、見事だな」
そんな言葉が、
誰からともなく漏れる。
慢心ではない。
経験に裏打ちされた、
事実の確認に近い。
迎撃は、
想定通りに始まった。
侵入者は進む。
迎撃は削る。
削られた分、
次が出る。
戦いは、
数と力で成り立つ。
この城には、
そのどちらも揃っている。
侵入者たちは、
止まらなかった。
だが、
それも珍しい話ではない。
英雄とは、
そういうものだ。
王は、
玉座に在った。
巨大な体躯。
溢れる魔力。
呼吸一つで、
城全体が応じる。
歴代でも屈指の戦闘力。
それを疑う者はいない。
迎撃部隊が敗れようとも、
それは時間を稼ぐ役目を果たすだけだ。
最終的に立つのは、
王。
それが、
この世界の理だった。
侵入者の足音が、
城の奥へと近づいてくる。
玉座の間へと続く、
最後の扉。
ここまで辿り着いた者は、
過去にもいた。
城を越え、
迎撃を抜け、
なお進もうとした英雄たち。
だが――
王の前に立った者は、
一人もいない。
それが、
この城の歴史だった。
王は、
立ち上がらない。
まだ、その時ではない。
城は機能している。
戦士たちは戦っている。
何も、変わっていない。
この戦いもまた、
そうして終わる。
誰もが、
そう信じていた。
それが、
これまでと同じ結末だと。
つづく




