空から見た世界
第二十七話
空から見た世界
風は、
思っていたよりも静かだった。
運び屋の背に乗った瞬間、
もっと強く引き裂かれるような感覚を想像していた。
だが実際には、
体は確かに浮いているのに、
揺れは少なく、
ただ足元だけが遠ざかっていく。
砦が、小さくなる。
石壁が、
焚き火が、
人影が、
一つの形に溶けていく。
僕は、
何も言わなかった。
しがみつく必要もない。
落ちる気配もない。
ただ、
風の流れに乗っている。
それだけだった。
山を越える。
谷を越える。
森の上を抜ける。
どこまでも続くはずだった地面は、
上から見ると、
驚くほど整っていた。
動く影が、少ない。
獣の群れも、
逃げ惑う列も、
戦いの痕も――
ほとんど見当たらない。
静かだ。
不自然なほどに。
風だけが、
等間隔で、
規則正しく流れている。
ここで、
生き延びる者は少ないのだと、
頭ではなく、
目が理解してしまった。
やがて、
色が変わる。
空気が変わる。
風に、湿り気が混じる。
眼下に、
光を反射する境界が現れた。
海だった。
どこまでも広がる水面。
雲の影が流れ、
波が砕け、
線のように引き延ばされていく。
一瞬だけ、
息をのんだ。
美しい。
そう思ってしまった。
だがその感情は、
すぐに言葉にならなかった。
この景色を見ているのは、
今、この空にいる者だけだ。
地上には、
同じ視界を共有する相手はいない。
風は、
何も分け与えない。
ただ、
運ぶだけだ。
海を越える。
時間の感覚が、
曖昧になる。
どれほど進んだのかも、
どれほど高いのかも、
もう分からない。
やがて――
前方に、
影が現れた。
最初は、
雲だと思った。
だが、
動きが違う。
形が、
崩れている。
煙だ。
黒い筋が、
いくつも立ち上っている。
その下に、
大地がある。
大きな大陸。
これまで見てきたどの土地よりも、
広く、
重く、
荒れている。
焼け跡。
崩れた壁。
進む影。
逃げる影。
止まらない。
終わっていない。
「……ああ」
声が、
漏れた。
それだけだった。
風は、
まだ前に向かっている。
止まらない。
変わらない。
僕は、
背中に顔を伏せた。
怖いわけじゃない。
逃げたいわけでもない。
ただ――
ここが、
行き先なのだと、
理解してしまっただけだ。
これは、
決意ではない。
覚悟でもない。
選択ですらない。
世界のほうが、
先に答えを出していただけだ。
風は、
その答えを、
黙って運び続ける。
空から見た世界は、
優しくも、
残酷でもなかった。
ただ、
在るべき姿を、
そのまま映していただけだった。
つづく




