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風は外から

第二十四話

風は外から


運び屋が戻ったのは、

夕方と夜の境目だった。


砦の上空に、

影が一つ落ちる。


羽音は小さく、

着地も静かだった。


騒ぐ者はいない。

誰もが、見慣れている。


運び屋は、

広場に降りると、

翼を畳み、首を振った。


それだけだった。


主任が近づく。


「戻ったのね」


運び屋は短くうなずく。


「……迷い人は?」


主任が問う。


運び屋は、

一瞬だけ空を見上げた。


砦の外。

山の向こう。

さらに、その先。


「この大陸は、もういない」


否定でも、

報告でもない。


ただ、

事実を置いただけの声だった。


「最近、来ないと思っていたわ」


主任が言う。


運び屋は、

首をかしげる。


「来ないんじゃない」


言葉を選ばず、

淡々と続けた。


「来られない」


主任は、

その意味を問い返さなかった。


代わりに、

もう一つだけ聞く。


「……この辺りは?」


運び屋は、

翼の付け根を軽く払う。


「生き延びてるやつが、少ない」


砦の空。

谷の上。

森の縁。


「上から見て、

 逃げてる群れも、

 追われてる跡も、

 もう、ない」


守護者が、

わずかに体を向けた。


二人の会話を、

聞いている。


運び屋は続ける。


「ここが静かなのは、

 守れているからじゃない」


言い切った。


「残ってるからだ」


主任は、

ゆっくり息を吐いた。


否定はしない。


砦を見渡す。


石壁。

焚き火。

行き交う者たち。


確かに、ここはある。

だが、周囲は――


「……向こうは?」


守護者が口を開いた。


運び屋は、

初めて視線を戻す。


「海の向こうは、

 まだ、動いてる」


その一言で、

空気が変わった。


「火がある」


「船影がある」


「流れがある」


詳しいことは語らない。


だが――

終わっていない場所がある

という事実だけが、

そこに残った。


少し離れた場所で聞いていた。

輪の中には入らない。

呼ばれてもいない。


それでも、声は届く。


「この大陸は、もう――」


運び屋は、そこで言葉を選んだ。


「生き延びてるやつが、少ない」


少ない、という言い方。

それが、余計に現実的だった。


全滅ではない。

絶滅でもない。


ただ、残っていない。


僕の胸の奥で、何かがずれた。


――知ってる。


頭のどこかが、そう答えた。


静かな理由。

迷い人が来なくなった理由。

夜が穏やかな理由。


全部、知っている。


四人の人間。


たった、四人。


知識でも、力でも、連携でも、

こちらがどれだけ積み上げても、

一瞬で壊される存在。


「……」


呼吸が、浅くなった。


肺が、うまく膨らまない。


思考が、勝手に走り出す。


――戦術は通じなかった。

――連携も、準備も、意味がなかった。

――ブルード族は、死んだ。


勝てた戦いも、あった。

手応えも、あった。


でも、それは――

許されていただけだった。


守護者の言葉が、思い出される。


「むやみに傷つけない」


人間側の理屈。

効率。

報復を呼ばないための配慮。


もし、もしも。


もしあの四人が、

最初から、殲滅を目的としていたら。


考えた瞬間、

視界が歪んだ。


音が遠ざかる。


「……っ」


息を吸おうとして、吸えない。


胸が、苦しい。


逃げようとした。

その場から、少し離れようと。


足が、前に出なかった。


世界が、ぐらりと傾く。


――知ってしまった。


これ以上、

砦に逃げてくる者はいない。


ここにいる者たちは、

たまたま、助かっただけだ。


自分がやってきたこと。

本を読み、文字を引き出し、

壁を直し、命をつないだこと。


それは――

もう終わった世界を、少し整えただけじゃないのか。


その考えが、

決定的に息を奪った。


視界が暗くなる。


誰かの声がした気がする。


でも、言葉にはならなかった。


ただ、

体が落ちていく。

つづく

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