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風向きは変わらない

第二十一話

風向きは変わらない


焼けた家屋、破損した風車。

港町は静かにたたずんでいた。


その町の一角、

宿の奥に、

四人分の席が用意されていた。


パンに、魚介の出汁が効いた根菜のスープ。

その中央に、茹で上げたロブスター。


次の瞬間だった。


「よっしゃあ!

 こいつがうめーんだ!」


シェリスが、

迷いなくロブスターの丸茹でを掴み上げる。


殻がきしむ音がした、その直後。


フィロのテーブルナイフが、

彼女の前で止まっている。


「……ちぇー」


シェリスは口を尖らせた。


「わーったよ。

 クソマジメだな、ホント」


フィロは一言も返さず、

視線だけを横にやる。


「オリヴェット。切り分けてくれ」


オリヴェットは無言で頷き、

殻に刃を入れ始める。


その様子を見ながら、

リラが小さく言った。


「どの道、そのままじゃ食べられませんから……」


「こうやってバキッと折れば、すぐ食えるだろ」


シェリスは、

ロブスターを折る仕草をしてみせる。


「このメイン一皿で、全員分ですし……」


「別にいいだろ。

 ほかにもあるんだし」


フィロが、深く息を吐いた。


「……今日は少し気合が入っていたから頼んでやったが、

 どうやら逆効果だったようだな」


ため息は、

はっきりと“深い”。


リラは困ったように笑う。


「まあ……

 元気が出るなら、いいんじゃないでしょうか」


「最近、山ばっかで海産物食ってねえんだぞ」


シェリスが、

びしっとフィロを指さす。


「もっと奮発しろよ」


「もう少し仕事に向き合えば、考えてやる」


フィロはそう言って、

ほんのわずかに口元を緩めた。


その頃には、

ロブスターはきれいに切り分けられ、

皿に分けられている。


「……結局、こんなもんかよ」


シェリスは不満げに言いながら、

フォークを逆手に持ち、

身をぐさりと突き刺した。


そのまま口に運ぶ。


「このような食事も、

 いつでもできるわけではない」


フィロが淡々と告げる。


「十分、味わうんだな」


その直後。


シェリスのフォークが、

フィロの皿を狙って伸びた。


――しゅっ。


次の瞬間、

シェリスの手の甲がつままれ、

ひねられる。


「いでででで……!」


「まったく。

 油断も隙もない」


フィロは手を離し、

静かに言った。


「これは、海産物は今日で終了だな」


オリヴェットとリラが、

思わず笑った。


シェリスはむっとした顔で、

スープのパンを掴み、

むしゃむしゃと頬張る。


その様子を見て、

誰も、もう何も言わなかった。


夜は、

穏やかに更けていった。


夜明け前。

宿の裏手で、金属が空を切る音がした。


――ひゅっ。


短く、一定の間隔。


シェリスは半目で身を起こす。

頭が重い。まだ夢の続きだと思った。


窓の外。

フィロが一人、動いている。


ナイフを振っているわけじゃない。

流して、避けて、踏み込んでいる。


相手はいない。

なのに、間合いだけが正確だった。


一瞬、光が集まる。

剣にはならない。

形になる前で、消える。


それを、何度か。


「……朝っぱらから、何やってんだか」


シェリスは欠伸をして、

そのまま布団に顔を埋めた。


音は、

しばらくして止んだ。


日は登り、町が動き出す時間。


朝食は、すでに並んでいた。


暖かさの残るパン、煮込み。

その脇に香草香る飲み物。

港町らしい、過不足のない食卓だった。


シェリスは椅子に座るなり、

迷いなくパンをつかんだ。


「朝はこれでいいんだよ。

 余計な祈りも準備もいらねえ」


かじりついた口の端に、粉がつく。


向かいの席で、フィロがそれを見て、

何も言わずに布を差し出した。


シェリスは一瞬きょとんとし、

次の瞬間には不機嫌そうに受け取る。


「……わーってるよ」


リラはそのやり取りを見て、

苦笑しながら器を持ち上げた。


「でも、朝ちゃんと食べるのは大事ですよ。

 今日は歩くんでしょう?」


オリヴェットは返事をしない。

ただ黙々と、

煮込みの魚の骨を外し、

皿をきれいにしていく。


その動きは早く、無駄がなかった。


「で?」


シェリスが口を動かしたまま言う。


「今日はどこ行くんだよ。

 このまま海眺めて終わり、ってわけじゃねえだろ」


フィロはカップを置いた。


「まずは情報だ。

 この町と、その周囲」


「外海の被害の有無?」

リラが尋ねる。


「それも含めてだな。」


少しだけ、言葉を選ぶ。


「町が無事なのはいい。

 だが理由が分からないまま進むのは避けたい」


オリヴェットが立ち上がった。


皿を重ね、

宿の者に軽く頭を下げる。


その仕草だけで、

“出る準備はできている”と分かった。


リラも慌てて立つ。


「じゃあ、情報収集と船の手配ですね。

 港と、倉庫と……市場?」


「その順でいい」

フィロが答える。


シェリスは椅子を蹴って立ち上がった。


「じゃ、私は船の方と――」


その瞬間だった。


首元が、ぐい、と後ろに引かれる。


「……なにす――」


振り返るより先に、

冷たい視線が突き刺さった。


「お前は私と来るんだ。」


短く、断定。


シェリスは一瞬きょとんとしてから、

露骨に顔をしかめる。


「はぁ!? なんでだよ!

 あっちは船だろ? 面倒くせぇし――」


「だからだ」


声は低い。


「街を回る。

 情報を拾う。

 余計なことはするな」


フィロは手を離さないまま、

目を細める。


「……理解したか?」


ほんの一拍。


シェリスは視線を泳がせ、

オリヴェットを見る。


オリヴェットは、何も言わない。

いつも通り、黙っている。


次にリラを見る。


リラは、そっと目を逸らした。


「……ちぇ」


シェリスは舌打ちして、肩をすくめる。


「わーったよ。

 クソマジメの監視付きってわけだ」


「監視ではない。同行だ」


「同じだろ」


そのやり取りを横目に、

リラは小さく息を吐いた。


オリヴェットはすでに立ち上がり、

港の方を見ている。


役割は、決まった。

つづく

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