砦
第十三話
砦
砦を見つけたのは、
偶然だった。
くしゃくしゃになった地図を広げ、
折り目をなぞり、
何度も見直しているうちに。
谷を越えた先、
岩と土が積み重なった影が見えた。
人間の砦。
——ただし。
今は使われていない場所だ。
近づく前に、
風が変わった。
影が、
上を横切る。
反射的に足を止める。
次の瞬間、
強い風が地面をなでた。
砂利が舞い、
視界が揺れる。
何かが、
目の前に降り立った。
翼。
鉤爪。
鋭い嘴。
猛禽類の姿をした魔族。
大きいが、
重さを感じさせない。
空を生きるための体。
こちらを見る目は、
警戒というより、確認に近かった。
「……行く当てはあるか」
低い声。
簡潔で、
感情が少ない。
僕は、
一瞬だけ考えた。
——ある、と言える場所はない。
首を横に振る。
「なら、乗れ」
短く言って、
翼を畳む。
背を低くし、
明確に“場所”を作る。
命令ではない。
選択肢でもない。
受け入れる、という動作だった。
背に跨る。
思ったより、
安定している。
羽毛の奥に、
しっかりした筋肉の感触がある。
「掴まれ。
ただし、身を乗り出すな」
声が、
すぐ近くから聞こえる。
「落ちる」
忠告。
脅しではない。
事実としての言葉。
翼が広がり、
風が巻き上がる。
身体が、
静かに浮いた。
上から、
砦が見えた。
近づいていた時には分からなかったものが、
はっきりと形になる。
崩れた門。
だが、完全には塞がれていない。
中央。
動かない影。
二足で立つ、
鱗に覆われた魔族。
でかい。
——違う。
重い。
存在そのものが、
砦の芯になっている。
視線が、
自然とそこに吸い寄せられる。
壁際。
瓦礫の上。
植物のような魔族が複数。
葉が、
刃の形をしている。
距離を保った配置。
射線が、
自然に通っている。
上空。
別の翼の影が、
円を描いている。
——同じ種だ。
空は、
完全に押さえられていた。
砦の奥。
掃き清められた床。
まとめられた荷。
人に近い姿の魔族が、
忙しなく動いている。
戦うためではない。
生活のための動き。
壁の内側。
四足の影。
狼。
前には出ない。
守られる側だ。
考えてしまう。
勝手に。
——前。
——後ろ。
——高所。
——空。
——生活圏。
誰かが命じた形ではない。
それでも、
形になっている。
前の集落より、
ずっと。
「……見るな」
背の下から声。
「力を抜け」
高度が下がる。
風が、
静まる。
広場だった場所に、
降ろされた。
足が地面に触れる。
翼の魔族は、
一度だけこちらを見る。
値踏み。
それから、
淡々と言った。
「ここは、行き場のないやつを追い返さない」
つまり——
生きていれば、
居場所にはなる。
それだけだ。
翼が広がり、
風とともに上空へ消える。
僕は、
息を整えた。
肩の袋が、
ずしりと重い。
中には、
人の文字の本と、
くしゃくしゃの地図。
——ここは、
ただの避難先じゃない。
そう思ってしまった。
理由は、
まだ分からないまま。
つづく




