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夜は、追いついてくる

第十二話

夜は、追いついてくる


夜は、

すぐには来なかった。


どれだけ走ったのかは分からない。

ただ、

足を止めなかった。


森を抜け、

斜面を下り、

川を渡り、

もう一度、森に入る。


呼吸が乱れ、

肺が焼けるように痛んでも、

立ち止まらない。


後ろを見なかった。


見れば、

終わる。


理由は分からないが、

それだけは確信していた。


どれほど時間が経ったのか。

どれほど距離を稼いだのか。


空が完全に暗くなり、

星が見え始めた頃。


ようやく、

足が止まった。


そこは、

集落からは到底届かない場所だった。


火の気もない。

道もない。

誰かが用意した場所でもない。


ただ、

風を避けられる岩陰。


身体が、

遅れて悲鳴を上げる。


膝から力が抜け、

僕はその場に座り込んだ。


喉が渇いていた。

指先が震えている。


寒い。


——いや、

違う。


怖い。


それを、

ようやく自覚した。


誰かが肩にかけた袋を、

そっと引き寄せる。


中身を確認する。


乾いた食糧。

水袋。

粗く包まれた布。


そして、

紙の束。


何度も折られ、

広げられ、

また丸め込まれたせいで、

角はすっかり潰れている。


くしゃくしゃの地図だった。


人間の文字で書かれたものだ。


普通の魔族なら、

価値を見出さない。


文字は意味を持たず、

紙は燃やすか、捨てるものだ。


それでも、

入っていた。


読めるからだ。


道が分かる。

距離が測れる。

行き先を、選べる。


地図は、

「どこへ行くか」を示すためのものだった。


その下に、

もう一つ。


人間の文字で書かれた、

古い本。


何度も開き、

何度も閉じたせいで、

背表紙は柔らかくなっている。


内容は、

もう覚えている。


それでも、

開かずにはいられなかった。


火は起こさない。


火は、

見つかる。


だから、

星明かりだけを頼りに、

ページをめくる。


文字を追うというより、

確認するように。


——個々では死ぬ。

——数を信じるな。

——囲め。

——逃げ道を奪え。


胸の奥が、

静かに痛んだ。


勝てると、

思っていたわけじゃない。


ただ、

間違っていなかったと、

思いたかった。


夜が、

完全に支配した。


森の音が、

少しずつ戻ってくる。


虫の羽音。

枝を踏む獣の足音。


そのすべてが、

自分に向けられている気がした。


息を殺す。


身体を小さくする。


それでも、

何も来ない。


——もう、

ここまで来ている。


そう、

理解する。


理解してしまったからこそ、

恐怖が遅れてやってきた。


集落は、

もう無い。


戻る場所は、

無い。


守ってくれる者も、

いない。


それが、

現実だった。


地図を折り直し、

袋に戻す。


本も、

その上に重ねる。


肩にかけ直す。


重みが、

確かにそこにあった。


それだけで、

少しだけ息が整う。


立ち上がる。


進む先は、

分からない。


次に辿り着く場所も、

生き延びられるかどうかも。


それでも。


行き先を、

考えることはできる。


僕は、

夜の中へ踏み出す。


一歩。


そして、

もう一歩。


逃げるためではない。


生きるために。

つづく

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