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ニックとバブル - Nick and Bubble(feat.怪盗マトリョシカ)

作者: 伏見翔流
掲載日:2025/11/12

カクヨムに掲載されているミニ連載ライトノベル『怪盗マトリョシカ』のサイドストーリー的なサムシングです。

「そろそろ時間だな」

「よし。向かうぞ」

薄汚れて錆びたゴミ収集車を転がす。くしゃくしゃになったシガーに火を点け、指紋だらけの危ういサングラスをかける。ハタチだっていうのに、ドラッグのせいで禿げが近づいてる髪を必死にセットする。隣の貧乏な色具合の金髪を見ちまうと、漂っている悲壮感に胸がきゅうと締め付けられる。

「何見てんだ?早く出せよ」

「はいはい行きますよ。シートベルトは締めたかい?」

「ポリ公みたいなこと言うんじゃねぇよ」

「分かった分かった。それじゃあ行くぜぇ」

「返事はしなーい」

辺りはすっかり暗くなった。変にハイな気分がやまない。まだ昨夜のドラッグが引いていないみたいらしい。

ゴミ収集車を転がす金髪男の名前はニック。ペンシルベニア州出身で、日本人の母とアメリカ人の父との間に産まれた日系アメリカ人。最終学歴は静岡市内の私立大学を中退。中退した理由は「ほとんど学びたいことを学べた」から。

ほとんど家に帰らない家出同然の状態が続いており、バブルと出会うまでは現地の不良集団と共謀したひったくりで生計を立てていた。その後、現在の相棒であるバブルと出会ったことで不良集団との付き合いはなくなり、バブルと共にゴミ清掃員に扮して窃盗を繰り返している。

一方、黒のロングコートを着てサングラスをかけた茶髪男の名前はバブル。彼はニックとは少し違った日系アメリカ人で、バージニア州産まれの母と神奈川県厚木市出身の格闘家を目指す父との間に産まれている。なお〝バブル〟という名前は石鹸屋で働いていた時に上司から付けられた渾名であり、本名は「足立ジェームズ直人」というらしい。

最終学歴は神奈川県の工業高校を卒業。その後は県内の石鹸屋で一年間働いていたが、当時仲良くしていた先輩の容姿を客が侮辱したことに激昂して暴行事件となり、少年院に送られている。出所後は各地を転々としながらホームレス状態を過ごし、やがてニックと出会って現在に至る。

二人はこれまで県内で数多くの窃盗事件を引き起こしており、地元警察からもマークされている状況だが、今も容姿や名前を変えて逃げ回っているため逮捕されていない。特に、高校時代に演劇部に所属していたバブルは演技力に長けていたことから、変装を見抜かれたことは一度もなかった。

「今回はどんな感じだ?」

「三番目の白箱に六マルの女一人住み。今日から一週間名古屋に行ってるとのことだ」

バブルが隠語を交えて言った。三番目の白箱とは「三件目の白い家」で、六マルの女とは「六十代の女性」を意味している。

「ターゲットは?」

「独身で両親は既に他界。数十億にのぼる高額の遺産を蓄えてるとのことだぜ」

「よし。いっちょ行きますか」

「オーライ!」

二人は車のエンジンを吹かすと、目的地まで走って行った。

数十分ほど走らせると、目的の家に着いた。事前のリストにあった通り、家の主人である女性は不在のようだった。それを確認すると一度家から離れ、すぐ近くのコインパーキングに車を停めた。そして、仕事の準備を済ませ、車から降りた。

「よっしゃ。いくぜニック」

「やろうバブル。スリリングな夜にしようぜ」

二人は家へ着くと、まずニックが一階の裏側にあるキッチンへ繋がる小窓をバールで割った。そして分厚い手袋をつけて、ガラス片が手に刺さらないようにすると、まずは背の高いバブルから家に侵入する。そしてその間にニックが玄関前へ移動し、バブルが家の鍵を開ける。そして、二人は合流し、金品の物色を始めるという流れだ。

「おい見ろよ!あのババア馬鹿なんだな!金庫の暗証番号メモを金庫の前に貼ってやがるぜ!」

「マジか!コイツはラッキーなこった!」

ニックが金庫の鍵を開け、中の現金を持って来た黒の鞄に根こそぎ詰め込んだ。そしてバブルは見張りをしつつ、ブランド物の腕時計やバッグ、絵画などを手当たり次第に手提げバッグへと詰め込んでいった。

「アッハッハッハ!今回も荒稼ぎだな!」

「今回も大漁大漁!涙が出るぜ!」

部屋を荒らすだけ荒らし、金品を盗み終えた二人は、キリのいいところで家から脱出した。彼らを見た者は、今宵も誰もいない……、

はずだった。

「おやおや。これはまた野蛮なコソ泥だね」

「ん!?」

「誰だ!」

「これはこれは。お初にお目にかかります。同業者の方々でしたか……」

彼等の前に現れた、灰色のスーツに黒のスラックス、黒の長髪、金色のハイヒールを履き、口髭を生やした男性のデザインの覆面をした人物……。それの姿を見て、先に声を上げたのは、バブルだった。

「あ、アイツは……!?」

「誰だってんだ……?目撃者は、消す……」

ニックが睨みつけながらメリケンナイフを懐から取り出した。しかし、慌ててバブルが彼を止めに入った。

「何なんだよバブル!」

「こいつ、怪盗マトリョシカだよ!」

「怪盗マトリョシカ?誰なんだそりゃ?」

「お前知らないのかよ!?今世間を賑わせ、いや、騒がせている大怪盗だよ!国内外問わず高額の懸賞金がかけられてんの!」

バブルが興奮気味にニックに説明した。説明を聞いたニックは口角を上げ、怪盗マトリョシカの方を改めて見つめた。マトリョシカは礼儀正しく、ゆっくり丁寧に会釈した。

「ほう……。お前、その本人なのか?」

「いかにも。私が世間様から呼ばれる〝怪盗マトリョシカ〟本人で御座います。以後、お見知り置きを」

怪盗マトリョシカは二人に敬意を持った仕草口調で自己紹介をした。ニックとバブルはマトリョシカを見ながら、初めて対面した世紀の大怪盗を前に、興奮を隠しきれずにいた。

「おいバブル……。コイツにはいくらの懸賞金がかかってんだ?」

「え……?いくらかは分かんねぇけど、少なくとも俺たちが国外逃亡しても遊んで暮らせるだけの額はあると思うぜ?」

「そいつぁいい。ここでこの大物を警察に突き出して、懸賞金をゲットして海外で遊び暮らそうぜ!」

ニックが金に眩んだ濁りを持った目になった。彼は金の話になると、相棒のバブルでさえも歯止めが効かないほどに暴走してしまうのだ。

しかし怪盗マトリョシカは、そんな危険な状態のニックを前にしても、平然な態度を崩さなかった。変わらず穏やかな表情を保ちつつ、二人にこう忠告した。

「悪いけれど、私もまだまだ仕事があるものでね。君たちが私の仕事を邪魔するのなら、私も自己防衛をせざるを得ないな」

「関係ねぇ……。金が目の前にあんだ……。悪いがお前はここで終わりだぁぁぁぁ!」

「おい!ニック!」

ニックはメリケンナイフを握り、マトリョシカに向かって猛スピードで突っ込んできた。しかし怪盗マトリョシカは、そんな状況でも動じなかった。

「戦闘技術では、君たちに軍配が上がるかもしれない……。けれどね……」

次の瞬間、ニックがメジャーリーガーのフルスイングの如く、強烈にメリケンナイフを振りかざした。しかし、彼の放った銀閃は、マトリョシカには届かなかった。

「逃げる技術では、私の方が自信あるかな……!」

刃先が触れるまさに紙一重の瞬間を、マトリョシカは綺麗にすり抜けた。それは熟練の戦闘者が見せるような高い動体視力でのみ起こせる高等技術。ニックは驚くものの、諦めずに再度凶刃を振り上げる。

「おらあああ!」

「ハッハッハッハ!」

しかしその全ての攻撃を、怪盗マトリョシカは蝶のように舞い、枯葉のように躱していく。全身を踊るように見事にくねらせて、ニックの振るう刃を避けていく。その芸術的とも言える回避能力に、二人の攻防を見ていたバブルは、一周回って「素晴らしい」と零すほどだった。

「よそう。ニック……」

何度目かの攻防戦の末に、怪盗マトリョシカの向けた右手の平とこの台詞が戦闘にピリオドを打った。

「君の攻撃はひとつひとつが重く筋を持っている。だが、この怪盗マトリョシカには意味を成さない。それに、誰かと、さらには同業者との無駄な争いは、私が信仰する「怪盗の美学」に反する……」

そう言うと、怪盗マトリョシカはその手を降ろした。それに合わせる形で、ニックも落ち着きを取り戻すようにナイフを懐に納めた。

「……お前は、平和主義者なのか?」

「勿論。私はあくまで、芸術として盗みを働くのさ。誰かを直接傷つけるのは、私の中のポリシーに反してしまうから嫌なのさ」

「例え、自分に牙を向けるヤツでもか?」

「そうだね。基本的には、互いに無傷でありたい。それに、私自身も、痛いのは嫌だからね」

「なるほどな……。悪党にも、悪党なりの信条があるってことだな。俺らには無縁の話だな」

「それなら、これから作ればいいさ。自分の中で、絶対に譲らない信条をね」

ニックはマトリョシカの言葉を聞いて、妙な気分になっていた。それは理解が出来ないわけでも、感銘を受けたわけでもない。だが、明らかにこれからの自分自身に響くような、そんな気のある気分だった。

二人の間に沈黙が漂い始めたところに、バブルが口を開いた。

「なぁ、怪盗マトリョシカ!一つだけ聞いてもいいか?」

マトリョシカは、穏やかに頷いた。

「あんたは、何で盗みを働いてんだ?なんで〝怪盗マトリョシカ〟を()ってるんだ?」

バブルからの問いかけに、マトリョシカは自信上々にこう答えた。

「自分自身を試すためさ」

「自分自身を……、試すだと……?」

「あぁ。これはゲームなんだよ。世間様と開催した、禁断の鬼ごっこなんだ。そして私がどこまで行けて、どこまで価値のあるモノを盗めるかのゲーム」

そう答えた怪盗マトリョシカは、初めて何かに燃えるような笑い声を出した。口髭の生えた男の覆面から聞こえる、高揚感のある笑い声。その表情はどんななのか、二人の目には決して、映らない。

「……おっと、そろそろ時間だ。今日のところは、この辺でお暇させて貰おうか」

怪盗マトリョシカは腕時計を一瞥すると、そう言って窓の淵に足をかけた。

「おい、あんたは何か盗りに来たんじゃないのか?」

ニックが訊ねた。マトリョシカは目線を月明りの方に向けながら、今夜は別の場所へ参上するのだと答えた。

「そうか……。頑張れよ。禁断の鬼ごっこ、な」

バブルはどこか誇らしげな気分を持って、これから行方を眩ます大怪盗に激励を贈った。

「またどこかで会おう。怪盗マトリョシカ」

ニックも微笑みながら同じように激励を贈った。

「ふふふ……。もう会うことはないでしょう」

マトリョシカはそう言い残すと、まるで忍者のように、窓から飛び降りて夜闇の中へ消えていった。

現場に残されたニックとバブルは、怪盗マトリョシカの余韻に浸っていた。

「……っておいニック!俺らもズラかるぞ!警察が来たらおしまいだ!」

「おおおそうだな!よし!さっさと撤収だ!」

二人も夜が明ける前に、現場から逃走した。

車を走らせる道中、二人は怪盗マトリョシカとの時間を振り返っていた。ニックは自分が肌身で感じたあの見事な回避能力のレベルを、バブルは去り際に語っていた「怪盗の美学」について。

「なぁ、ニック」

「なんだ?バブル」

「もし俺たちに〝美学〟があるとしたらさ、何だと思う?」

「はぁ?どうしたバブル。お前も大怪盗に憧れちまったか?」

「そんな高尚なもんじゃないけどさ、いやぁ、何なんだろうなって思って」

バブルはしみじみとそう言った。彼の座る左隣に、満月の淡い光が、優しく差し込んでいた。

「……決まってんだろ?」

バブルからの問いに、ニックが返した問いは、これだった。

「アジトに帰ってからのドラッグ・パーティーで祝勝会だろぉ!?」

ニックはシガーの煙を吐きながら、ハイになったテンションで声高く叫んだ。それを見て、バブルも自分たちが「どんな怪盗なのか」を再認識した。

「……だな!俺たちは〝怪盗ニック&バブル〟だもんな!」

二人を乗せたゴミ収集車は、真夜中の高速道路へと進む。二人には、怪盗マトリョシカのような美学はない。だが、このスリリングでハイリスクハイリターンな人生にどれだけ高揚出来るかを、心から楽しんでいることは、お互いに同じだった。

もしかすると、それが自分たちが無意識に掲げた〝美学〟なのかもしれない。

そんな風に思った時、心のどこかで熱く燃え始める、何かがあるのを感じた。

続く。

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