第二章:二人の逃避行 後編
翌日の昼過ぎ、俺たちは村に到着した。
グリーンヒル村——名前の通り、緑の丘に囲まれた小さな村だった。
でも——
「...荒れてますね」
村の入口から見える光景は、惨憺たるものだった。
家々の壁は破壊され、畑は荒らされている。
村人たちは、疲れ切った顔をしていた。
「すみません」
エリシアが、近くにいた老人に声をかけた。
「私たち、旅の者ですが...何かあったんですか?」
「ああ...」
老人は、疲れた顔で答えた。
「魔物だよ。一週間前から、毎晩のように現れる」
「毎晩...」
「もう、村人だけじゃ対処できない。国に救援を頼んだが...」
「断られたんですね」
エリシアが、悲しそうに言った。
老人は、頷いた。
「魔王討伐が優先だ、とさ。辺境の村なんて、後回しってことだ」
「...」
エリシアは、唇を噛んだ。
「私たちが、手伝います」
「え?」
老人は、驚いた顔をした。
「あんたたち、若いのに...」
「私たち、魔物と戦えます」
俺が、前に出た。
「今夜、魔物が来たら...俺たちに任せてください」
「本当かい?」
「はい」
老人は、俺たちをじっと見た。
それから、深々と頭を下げた。
「ありがとう...本当に、ありがとう」
その声には、切実な願いが込められていた。
村長の家に案内され、詳しい話を聞いた。
魔物は、夜になると森から現れる。
オーク——豚のような顔をした、人型の魔物らしい。
数は、五、六匹。
「村人で応戦しようとしたんだが...怪我人が出てしまってな」
村長は、申し訳なさそうに言った。
「もう、戦える者はほとんどいない」
「分かりました」
エリシアが、頷いた。
「今夜、私たちが村を守ります」
「すまない...本当に、すまない」
村長は、何度も頭を下げた。
部屋を出ると、エリシアが俺を見た。
「楽間さん、大丈夫ですか?」
「...正直、怖いです」
素直に答えた。
「昨日の狼みたいな魔物でも、ギリギリだったのに。オークが五匹も...」
「でも、やるしかないですよね」
エリシアは、真剣な顔で言った。
「この村を、見捨てられません」
「...そうですね」
俺は、ラケットを握った。
「やりましょう」
夜を待つ間、俺たちは村人たちと話をした。
みんな、疲れていたが、それでも俺たちに感謝してくれた。
「あんたたち、勇者様の仲間かい?」
「いえ...」
俺は、首を振った。
「俺は...ただの卓球部員です」
「卓球...?」
村人は、首を傾げた。
「よく分からんが...まあ、助けてくれるなら、なんでもいいさ」
そう言って、村人は笑った。
その笑顔が、妙に嬉しかった。
ここでは、俺の職業を笑う者はいない。
ただ、助けてくれることを、喜んでくれる。
「楽間さん」
エリシアが、俺の袖を引いた。
「日が暮れてきました」
「...そうですね」
空が、オレンジ色に染まっている。
「準備しましょう」
二人で、村の入口に向かった。
初めての、本格的な戦い。
勝てるのか。
分からない。
でも——
やるしかない。
夜。
村は、静まり返っていた。
俺とエリシアは、村の入口で待機していた。
村人たちは、家の中で息を潜めている。
「...来ますね」
エリシアが、小さく言った。
森の方から、足音が聞こえてくる。
重い、複数の足音。
「いよいよです」
俺は、ラケットを握った。
手が、震えている。
怖い。
でも——
「大丈夫。楽間さんなら、できます」
エリシアが、俺の手を握った。
温かかった。
「...ありがとう」
足音が、近づいてくる。
そして——
森から、影が現れた。
オーク。
豚のような顔に、筋肉質な体。手には、粗末な棍棒を持っている。
一匹、二匹、三匹——
全部で六匹。
「ブヒィ...」
オークたちは、俺たちを見つけると、雄叫びを上げた。
「来ます!」
エリシアが叫ぶ。
オークたちが、突進してきた。
「っ!」
先頭のオークが、棍棒を振り下ろしてきた。
「カット!」
ラケットで受け流す。
ガキン、という音。
棍棒が、ラケットに弾かれた。
「サーブ!」
すかさず反撃。
光の球が、オークの顔面に直撃する。
「ブギャ!」
オークが、怯む。
でも、まだ五匹いる。
「楽間さん、右!」
エリシアの声。
右から、別のオークが襲ってきた。
「カット!」
またラケットで受け流す。
でも、連続の攻撃に、腕が痺れてくる。
「このままじゃ...」
ジリ貧だ。
防御だけじゃ、勝てない。
もっと——もっと強い攻撃が必要だ。
「ラリー...」
ふと、頭に浮かんだ。
卓球の「ラリー」——打ち合いを続けることで、力を蓄える。
これを、戦闘に応用できないか。
オークの攻撃を、「カット」で受け流す。
一回、二回、三回——
攻撃を受けるたびに、体の中に何かが溜まっていく感覚。
「これは...」
力が、増幅されていく。
「スマッシュ!」
溜めた力を、一気に解放する。
ラケットを振り抜いた。
「うおおおっ!」
光の球が——今までとは比べ物にならないほど巨大な光の球が、オークたちに向かって飛んだ。
「ブギャアアアア!」
オークたちが、吹き飛ばされた。
一撃で、三匹のオークが倒れた。
「...え?」
自分でも、驚いた。
「すごい!楽間さん、今のすごいです!」
エリシアが、興奮気味に叫ぶ。
残りのオークが、怯んでいる。
「今だ!もう一回!」
エリシアの声に、俺は頷いた。
残りのオークの攻撃を受け流す。
一回、二回——
そして、
「スマッシュ!」
再び、巨大な光の球。
残りのオークたちも、吹き飛ばされた。
静寂。
オークたちは、全て倒れていた。
「...勝った」
信じられなかった。
六匹のオークを、俺たちだけで倒した。
「楽間さん!」
エリシアが、駆け寄ってきた。
「すごいです!あの技、なんですか!?」
「スマッシュ...っていう、卓球の技です」
「スマッシュ...」
エリシアは、目を輝かせていた。
「攻撃を受けるたびに、力を溜めて...最後に一気に放つ」
「そうです。ラリーで力を蓄えて、スマッシュで決める」
「完璧じゃないですか!」
エリシアは、嬉しそうに笑った。
村人たちが、家から出てきた。
「やった...やったぞ!」
「オークを倒した!」
「ありがとう、本当にありがとう!」
村人たちが、俺たちを囲む。
感謝の言葉が、次々と飛んでくる。
「いや...俺たちは...」
「あんたたちは英雄だ!」
村長が、俺たちの手を握った。
「この村の恩人だ!」
英雄。
その言葉が、妙に胸に響いた。
城では「役立たず」と呼ばれていた俺たちが、ここでは「英雄」と呼ばれている。
「楽間さん」
エリシアが、俺の袖を引いた。
その目は、涙で潤んでいた。
「私たち...やりましたね」
「...ああ」
俺も、自然と笑顔になっていた。
「やったよ」
その夜、村人たちはささやかな宴を開いてくれた。
貧しい村だったが、それでも精一杯のもてなしをしてくれた。
「あんたたち、どこから来たんだ?」
「王都からです」
エリシアが答えた。
「王都から...じゃあ、召喚された勇者様たちの?」
「まあ...そんな感じです」
俺は、曖昧に答えた。
「勇者様たちは、魔王討伐に行ってるんだろう?」
「はい」
「そうか...まあ、それも大事だろうな」
村長は、複雑な顔をした。
「でも、俺たちみたいな辺境の村は...誰も助けに来てくれない」
「...」
「だから、あんたたちが来てくれて、本当に助かった」
村長は、深々と頭を下げた。
その姿を見て、俺は思った。
勇者たちが魔王を倒すことは、確かに大事だ。
でも、こういう場所も、ある。
光の当たらない場所で、困っている人たちが、いる。
「俺たち...もっと、こういう場所を回りたいんです」
気づいたら、そう言っていた。
「誰も助けに来ないような場所を、助けたい」
「...そうか」
村長は、目を細めた。
「いい心がけだ。頑張ってくれ」
「はい」
宴が終わり、俺たちは村長の家で休ませてもらった。
寝る前、エリシアが言った。
「楽間さん、今日は本当にありがとうございました」
「俺こそ。エリシアの補助がなかったら、勝てませんでした」
「いえ...でも、楽間さんの『スマッシュ』、本当にすごかったです」
エリシアは、嬉しそうに笑った。
「これなら、もっといろんな場所を助けられますね」
「...そうですね」
俺も、自信が持てた。
卓球部員。
この職業は、確かに戦える。
そして——
誰かを、助けられる。
「明日は、どこに行きましょうか」
エリシアが、地図を広げた。
「この近くに、別の村が...」
俺たちの旅は、始まったばかりだった。




