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第一章:置いていかれる日々 中編

午後の訓練も、同じだった。

訓練場の隅で、一人ラケットを振る。

クラスメイトたちは、それぞれの訓練に没頭している。

もう、誰も俺のことを気にしない。

それが、当たり前になっていた。

「...っ」

ラケットを振る手が止まった。

何のために、こんなことをしているんだろう。

卓球部員なんて職業、この世界では意味がない。

剣も使えない。魔法も使えない。

俺には、何もできない。

「楽間さん」

声がして、振り返った。

エリシアが、訓練場の入口に立っていた。

「エリシア...様?」

「様は付けなくていいって言ったでしょう」

エリシアは、微笑みながら近づいてきた。

「ここで何を?」

「訓練、見学に来ました」

「見学...?」

「はい。父上に許可を貰って」

エリシアは、俺の隣に立った。

「みんな、すごいですね。どんどん強くなっていく」

「...そうですね」

「楽間さんは、どうですか?」

「俺は...何も進歩してません」

正直に答えた。

エリシアは、俺の手元——ラケットを見た。

「それ、卓球のラケットですよね」

「はい。召喚された時、一緒に持ってきちゃって」

「使ってみたんですか?戦いで」

「...いえ」

首を振った。

「使う機会もないですし...そもそも、これで戦えるとも思えないので」

「試してみたらどうですか?」

エリシアは、不思議なことを言った。

「試す...って、どうやって?」

「分かりません」

エリシアは、あっけらかんと言った。

「でも、試してみないと分からないですよね」

「試す相手もいないですし...」

「じゃあ、私が相手になります」

「え?」

予想外の言葉だった。

「でも、エリシア様は...」

「エリシアでいいって」

彼女は、真剣な目で俺を見た。

「私、魔力は弱いけど、回復魔法くらいは使えます。だから、怪我しても大丈夫」

「いや、でも...」

「お願いします。私も...自分が役に立てるか、試してみたいんです」

その言葉に、俺は何も言えなくなった。

エリシアも、俺と同じだった。

自分の力を証明したい。誰かの役に立ちたい。

そう思っている。

「...分かりました。でも、怪我させたら本当にすみません」

「大丈夫です」

エリシアは、にっこりと笑った。

訓練場の端、誰もいない場所に移動した。

エリシアは、俺から少し離れた位置に立った。

「じゃあ...何か魔法を撃ちますね」

「はい」

エリシアは、手を前に突き出した。

魔力が集まっていくのが、なんとなく分かった。

「...てい!」

小さな光弾が、俺に向かって飛んできた。

速度は遅い。威力も、おそらく大したことない。

でも——

咄嗟に、ラケットを構えた。

卓球のレシーブの構え。

光弾がラケットに当たった瞬間——

「っ!」

ラケットが、光弾を跳ね返した。

いや、跳ね返したというより——「受け流した」?

光弾は、ラケットに当たった瞬間、角度を変えて地面に落ちた。

「...え?」

俺も、エリシアも、同時に声を上げた。

「今の...」

「楽間さん、すごい!魔法を防いだ!」

「いや、でも...」

これは、偶然なのか?

「もう一回、やってみていいですか?」

「はい!」

エリシアは、もう一度魔法を放った。

今度は、意識してラケットを構えた。

卓球のカットの構え——ボールに回転をかけて、相手のコートに落とす技術。

光弾が飛んでくる。

ラケットを振る。

光弾に、ラケットが触れた。

「カット!」

思わず、声が出た。

光弾は、ラケットに触れた瞬間、勢いを失い——そのまま地面にポトリと落ちた。

「...すごい」

エリシアが、目を輝かせた。

「楽間さん、魔法を無効化した!」

「無効化...?」

「はい!私の光弾、ちゃんと魔力を込めてたんです。それを、完全に止めた!」

俺は、ラケットを見つめた。

今の感覚——確かに、卓球のカットと同じだった。

相手の攻撃を受け流す。回転をかけて、勢いを殺す。

それが、魔法に対しても有効だった?

「もっと試してみましょう!」

エリシアは、興奮気味に言った。

それから、何度も何度も、エリシアの魔法を受けた。

光弾。風の刃。小さな氷の塊。

全部、ラケットで受け流せた。

「カット」——相手の攻撃を受け流すスキル。

それが、俺の職業スキルだったんだ。

「楽間さん、これ、すごい才能ですよ!」

エリシアは、目を輝かせていた。

「魔法を防げるなんて...普通の戦士でも難しいのに」

「でも...これだけじゃ、戦えませんよね」

俺は、冷静に言った。

「防御だけできても、相手を倒せない」

「...確かに」

エリシアは、少し考え込んだ。

「でも、きっと他にも技があるはずです」

「他の技...」

卓球の技。

サーブ。レシーブ。ドライブ。スマッシュ。

もしかして、それが全部スキルになっている?

「試してみます」

俺は、ラケットを構えた。

サーブの構え——卓球では、自分から攻撃を始める技術。

魔力を込める、というのがよく分からなかったが、とにかく集中してみた。

「サーブ!」

ラケットを振る。

その瞬間——

ラケットから、小さな光の球が飛び出した。

「わっ!」

光の球は、空中を飛んで、訓練場の壁に当たって消えた。

「...今の」

「すごい!攻撃魔法ですよ、それ!」

エリシアが、興奮して言った。

「楽間さん、魔法使えるじゃないですか!」

「いや、これ魔法じゃなくて...」

サーブ、なんだと思う。

でも、確かに攻撃として使えそうだった。

「他にも試してみましょう!」

エリシアの提案で、その後もいろいろ試してみた。

フォアハンド、バックハンド、ドライブ——

どれも、何かしらの効果があった。

特に「ドライブ」は、魔力弾に回転を加えて、威力を増幅させることができた。

「これ...もしかして」

俺は、ラケットを見つめた。

「俺の職業スキル、全部卓球の技術なんだ」

「素晴らしいじゃないですか!」

エリシアは、嬉しそうに言った。

「楽間さん、あなた戦えますよ!」

「...でも」

まだ、実感が湧かなかった。

これが本当に、戦いで通用するのか。

「大丈夫です」

エリシアは、俺の肩に手を置いた。

「きっと、もっとすごいことができるようになります」

その目は、真剣だった。

「私、信じてますから」

「...ありがとうございます」

初めて、少しだけ——本当に少しだけ、希望が見えた気がした。


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