第七章:それぞれの正義 前編
シーサイド港を出て、二週間が経った。
俺たちは、また辺境の村々を巡っていた。
でも、以前とは明らかに何かが違っていた。
「あ、『辺境の守護者』だ!」
村に着くと、子供たちが駆け寄ってきた。
「本物だ!」
「サインください!」
「...サイン?」
エリシアが、困惑した顔をした。
「そんなの、どうやって...」
でも、子供たちは目を輝かせている。
シーサイド港の件で、俺たちの噂はさらに広まったらしい。
「五百匹の魔物を倒した」
「港町を、一人で救った」
尾ひれがついて、かなり誇張されていた。
「なんだか、照れくさいですね」
エリシアが、苦笑した。
「そうですね...」
でも、悪い気はしなかった。
ある日、街道を歩いていると——
「楽間」
後ろから、声がした。
振り返ると、美咲が立っていた。
「美咲...また?」
「うん。話があるの」
美咲は、真剣な顔をしていた。
「少しいい?」
エリシアは、また少し離れたところで待っていてくれた。
「美咲、どうしたの?」
「蓮...もうすぐ、魔王討伐が始まるの」
美咲は、俯いた。
「健太たち勇者パーティは、最終準備を終えた」
「...そうか」
「一週間後、魔王城に向かう」
美咲は、俺を見た。
「最後のチャンスだよ。蓮も、一緒に来て」
「俺は...」
「お願い」
美咲は、俺の手を握った。
「一緒に、魔王を倒そう。みんなで」
その目は、真剣だった。
「...美咲」
「蓮は、強くなった。卓球部員の力、すごいって評判だよ」
美咲は、必死に訴えた。
「魔王討伐に、蓮の力が必要なの」
「でも...」
「お願い。私、蓮と一緒に戦いたい」
その言葉に、心が揺れた。
美咲は、幼馴染だ。
小さい頃から、ずっと一緒だった。
「...考えさせて」
「本当?」
美咲の顔が、明るくなった。
「じゃあ、一週間後。王都で待ってる」
「...うん」
美咲は、嬉しそうに去っていった。
「...」
俺は、その場に立ち尽くした。
「楽間さん」
エリシアが、近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
「...ああ」
でも、心は揺れていた。
魔王討伐。
それは、この世界の最大の目標だ。
俺も、そこに参加すべきなのか。
それとも——
その夜、宿屋で俺は考え込んでいた。
「楽間さん」
エリシアが、心配そうに聞いた。
「魔王討伐...行きたいですか?」
「...分からない」
正直に答えた。
「美咲の言うことも、分かるんだ」
「...」
「魔王を倒せば、世界は平和になる。辺境の村も、安全になる」
「でも...」
エリシアは、俯いた。
「今、困っている人たちは?」
「...そうなんだよ」
俺は、頭を抱えた。
「魔王討伐には、時間がかかる。その間、辺境の村は...」
「見捨てられる」
エリシアが、小さく呟いた。
「...どうすればいいんだろう」
しばらく、二人で黙っていた。
「楽間さん」
エリシアが、俺を見た。
「私、楽間さんがどちらを選んでも...ついていきます」
「え...?」
「魔王討伐に行くなら、私も行きます。辺境に残るなら、私も残ります」
エリシアは、微笑んだ。
「楽間さんと一緒なら、どこでもいいです」
その言葉に、胸が温かくなった。
「...ありがとう、エリシア」
「だから」
エリシアは、俺の手を握った。
「楽間さんの、心のままに決めてください」
「心のまま...」
俺は、目を閉じた。
心のままに。
俺は、何をしたいのか。
——困っている人を、助けたい。
——目の前の人を、守りたい。
それが、俺の答えだった。
「...決めた」
俺は、エリシアを見た。
「俺、辺境に残る」
「...はい」
エリシアは、にっこりと笑った。
「分かりました」
翌日、俺たちは次の村に向かった。
でも——
「楽間!」
街道で、また誰かに呼び止められた。
今度は、健太だった。
「健太...」
「よかった、会えて」
健太は、息を切らしていた。
「探したんだぞ、お前」
「...どうしたの?」
「魔王討伐だ」
健太は、真剣な顔で言った。
「お前の力が、必要なんだ」
「俺は...」
「頼む」
健太は、頭を下げた。
「お前の『カット』があれば、魔王の攻撃を防げる」
「...」
「美咲から聞いた。お前、まだ迷ってるって」
健太は、俺を見た。
「でも、考えてみてくれ。魔王を倒せば、全部解決するんだ」
「全部...?」
「そうだ。辺境の村も、魔物の被害も、全部なくなる」
健太は、力強く言った。
「だから、魔王討伐が最優先なんだ」
「...健太」
「お前は、今まで辺境の村を助けてきた。それはすごいことだ」
健太は、続けた。
「でも、それは対症療法でしかない」
「対症療法...?」
「そうだ。一つの村を助けても、また別の村が襲われる」
健太は、地図を広げた。
「でも、魔王を倒せば——根本的に解決する」
「...」
「分かってくれ、楽間。俺たちの戦いは、世界を救う戦いなんだ」
健太の目は、真剣だった。
でも——
「健太、一つ聞いていい?」
「なに?」
「魔王討伐まで、どれくらいかかる?」
「...一ヶ月。いや、もしかしたら二ヶ月」
「その間、辺境の村は?」
「...我慢してもらう」
健太は、少し困った顔をした。
「でも、仕方ないだろ。俺たちは、魔王を倒さないと...」
「俺は、その『我慢してもらう』人たちを助けたいんだ」
「え...?」
「健太の言うことも、分かる。魔王を倒せば、根本的に解決する」
俺は、ラケットを握った。
「でも、その間に死ぬ人もいる。困る人もいる」
「それは...」
「俺は、そういう人たちを見捨てられない」
健太は、困惑した顔をした。
「楽間、お前...」
「ごめん、健太。俺、魔王討伐には参加しない」
「...そうか」
健太は、ため息をついた。
「お前、本当に変わったな」
「そうかもしれない」
「城にいた時は、もっと...」
健太は、言葉に詰まった。
「従順だったのに」
「従順...?」
「そう。俺たちの言うことを、素直に聞いてた」
健太は、寂しそうに笑った。
「でも、今のお前は...自分の意思を持ってる」
「...」
「それが、正しいのかどうか、俺には分からない」
健太は、俺の肩を叩いた。
「でも、お前がそう決めたなら...仕方ないか」
「健太...」
「じゃあな、楽間。魔王討伐、頑張るよ」
「ああ。健太も、頑張って」
健太は、手を振って去っていった。
「...」
俺は、その背中を見送った。
これでいいのか。
本当に、これが正しいのか。
分からない。
でも——
「楽間さん」
エリシアが、俺の手を握った。
「大丈夫ですよ」
「...うん」
俺は、エリシアの手を握り返した。
「行こう」
二人で、また歩き出した。




