第一章:置いていかれる日々 前篇
エリシアと出会った翌日。
朝の訓練は、いつも通りだった。
基礎体力トレーニングは、なんとかこなせる。ランニング、筋トレ、柔軟体操。これは職業に関係なく、全員が同じメニューをこなす。
問題は、その後だ。
「それでは、職業別訓練に移る!」
騎士団長の号令で、クラスメイトたちはそれぞれの持ち場へ散っていく。
勇者の健太は、特別な訓練場へ。戦士たちは剣術訓練へ。魔法使いたちは魔法訓練場へ。
そして、俺は——
「楽間は、そこで自主トレしてろ」
訓練場の端、倉庫の脇に追いやられた。
「はい...」
返事をして、いつもの場所へ向かう。
ここからだと、クラスメイトたちの訓練の様子がよく見える。
健太の剣技は、日に日に鋭さを増している。一週間前は木剣を振るのも不安定だったのに、今では流れるような動きで剣を操っている。
魔法使いの佐藤は、火の玉を自在に操れるようになっていた。最初は小さな炎しか出せなかったのに、今では的を正確に撃ち抜いている。
聖女の美咲は、仲間の小さな傷を一瞬で治せるようになっていた。
みんな、すごい速さで成長している。
俺は、ラケットを握った。
「...はあ」
ため息が出る。
スイング。フォアハンド。バックハンド。
卓球の基本動作を繰り返す。でも、それが何になるのか。
「楽間、何やってんの?」
声がして、振り返ると、サッカー部のエースだった山田が立っていた。職業は「騎士」。
「あ...自主トレ」
「へえ。卓球の?」
「...まあ」
山田は、少し困ったような顔をした。
「それって...戦いに使えるの?」
「分かりらないよ」
正直に答えた。
「そっか...」
山田は、何か言いたげだったが、結局「頑張れよ」とだけ言って訓練場に戻っていった。
また一人になった。
ラケットを振る。何度も、何度も。
でも、空しかった。
昼食の時間。
食堂に入ると、クラスメイトたちは賑やかに食事をしていた。
「今日、ファイアボールの威力が上がったんだ!」
「私、ヒールが早くなった!」
訓練の成果を報告し合っている。
俺は、隅の席に座った。
トレイを置き、黙々と食事を始める。
「蓮」
美咲が、トレイを持って近づいてきた。
「一緒に食べよ」
「...うん」
美咲は、俺の向かいに座った。
「訓練、どう?」
「...相変わらずだよ」
「そっか...」
美咲は、心配そうな顔をした。
「でも、何かきっかけがあれば...」
「きっかけなんて、ないよ」
少し冷たく言ってしまった。
美咲は黙り込んだ。
しばらく、沈黙が流れた。
「...ごめん。また当たっちゃった」
「ううん」
美咲は首を振った。
「蓮が辛いのは分かってる。だから...」
「だから、何?」
「...ううん、何でもない」
美咲は、無理に笑顔を作った。
その笑顔が、逆に胸に刺さった。
美咲は優しい。いつも俺を気にかけてくれる。
でも、その優しさが、今は重かった。
食事を終えて席を立とうとすると、視線を感じた。
窓の外を見ると、エリシアがこちらを見ていた。
目が合うと、彼女は小さく微笑んで手を振った。
俺も、小さく手を振り返した。
エリシア——昨夜出会った第三王女。
彼女も「役立たず」だと言っていた。
何だか、その言葉が妙に心に残っていた。




