第六章:見捨てられた港町 前編
クレイ村を出て、一週間が経った。
俺たちは、海沿いの街道を歩いていた。
「楽間さん、海ですよ!」
エリシアが、嬉しそうに叫んだ。
「初めて見ました!」
「俺も、この世界では初めてです」
青い海が、広がっている。
潮の香りが、心地よい。
「きれいですね...」
エリシアは、うっとりと海を見つめていた。
「ずっと、城にいたから...こんな景色、見たことなかったんです」
「...そうか」
エリシアは王女様だ。
城の外に出る機会は、少なかったんだろう。
「楽間さんと旅をして...いろんなものを見られました」
エリシアは、俺を見て微笑んだ。
「ありがとうございます」
「俺こそ、ありがとう」
二人で、海を眺めながら歩いた。
そして、夕方——
大きな町が、見えてきた。
「あれは...」
エリシアが、地図を確認した。
「シーサイド港...辺境最大の港町です」
「港町...」
確かに、港には多くの船が停泊していた。
でも——
「...様子が、おかしいですね」
エリシアが、眉をひそめた。
町は、静かすぎた。
港町なのに、活気がない。
「行ってみましょう」
町に入ると、予想通り——荒れていた。
家々の壁は破損し、通りには人影がまばら。
市場は、ほとんど閉まっている。
「すみません」
エリシアが、通りを歩いていた老人に声をかけた。
「この町、何があったんですか?」
「あんたたち...旅の人か」
老人は、疲れた顔で答えた。
「この町は、もう終わりだよ」
「終わり...?」
「魔物に、占拠されたんだ」
老人は、港を指さした。
「二週間前、海から魔物の大群が現れた。町は、半分以上を奪われた」
「海から...」
「ああ。サハギンって魔物だ」
老人は、暗い顔で言った。
「町の自警団じゃ、太刀打ちできなかった。国に救援を求めたが...」
「断られたんですね」
エリシアが、悲しそうに言った。
老人は、頷いた。
「『魔王討伐が優先』だってさ。港町なんて、後回しってことだ」
「...」
「もう、この町を出る人が増えてる。俺も、明日には...」
老人は、寂しそうに町を見た。
「長く住んだ町なんだがな...」
俺とエリシアは、顔を見合わせた。
「町長さんは、どこに?」
「町役場だ。でも...もう諦めてるよ」
老人は、そう言い残して去っていった。
「楽間さん...」
エリシアが、俺を見た。
「この町、助けましょう」
「...ああ」
俺も、頷いた。
「でも、魔物に占拠されてるって...」
「まずは、状況を確認しましょう」
二人で、町役場に向かった。
町役場は、町の中心部にあった。
ここも、魔物に襲撃された跡が残っている。
「すみません」
エリシアが、受付の女性に声をかけた。
「町長さんに、お会いしたいのですが」
「町長は...今、会議中です」
女性は、疲れた顔で答えた。
「でも、冒険者の方なら...お通しします」
案内されたのは、大きな会議室だった。
そこには、十数人の男女が集まっていた。
町の有力者たちだろう。
「失礼します」
俺たちが入ると、全員がこちらを見た。
「あなたたちは...?」
一人の初老の男性——町長らしき人物が聞いた。
「旅の者です。この町の状況を聞いて...助けに来ました」
「助けに...?」
町長は、疲れ切った顔で俺たちを見た。
「もう、手遅れです」
「手遅れって...」
「この町は、魔物に占拠された」
町長は、地図を広げた。
「港の倉庫街、旧市街、東地区...全て、サハギンの巣になっている」
地図の半分以上が、赤く塗られていた。
「数は、少なくとも五百」
「五百...」
俺は、息を呑んだ。
ウェストポートの時は、三百だった。
それでも、ギリギリだったのに。
「自警団は、壊滅した」
町長は、暗い顔で続けた。
「残っているのは、民兵が三十人ほど。とても、戦える数じゃない」
「国に、救援は...」
エリシアが、聞いた。
「断られた」
町長は、苦々しく答えた。
「『魔王討伐後に対応する』だそうだ」
「...」
「もう、この町を捨てるしかない」
町長は、頭を抱えた。
「明日、避難命令を出す。町民全員に、この町を出てもらう」
「でも、行く場所は...」
「ない」
町長は、呟いた。
「でも、ここにいたら死ぬだけだ」
会議室は、重い空気に包まれた。
「...待ってください」
俺が、前に出た。
「俺たちが、町を取り戻します」
「え...?」
町長は、驚いた顔をした。
「あなたたち、二人で...?」
「はい」
「無理だ」
町長は、首を振った。
「五百匹の魔物だぞ。二人で戦えるわけがない」
「でも、やらないと...」
「死ぬだけだ」
町長は、厳しい顔で言った。
「若いのに、命を粗末にするな」
「...」
俺は、言葉に詰まった。
確かに、五百匹は多すぎる。
ウェストポートの時よりも、ずっと厳しい。
「楽間さん」
エリシアが、俺の袖を引いた。
「少し、外で話しましょう」
二人で、会議室を出た。
「楽間さん、無理ですよね...」
エリシアは、不安そうな顔をしていた。
「五百匹なんて...」
「...そうだな」
正直に答えた。
「俺たちだけじゃ、無理だ」
「じゃあ...」
「でも」
俺は、町を見た。
人々が、絶望した顔で歩いている。
荷物をまとめて、町を出る準備をしている。
「見捨てられない」
「楽間さん...」
「何か、方法があるはずだ」
俺は、考え込んだ。
ウェストポートの時は、自警団と協力した。
でも、ここの自警団は壊滅している。
民兵が三十人——それでも、足りない。
「...町民を、避難させるんだ」
「え?」
「町民を安全な場所に避難させて、その間に俺たちが魔物を倒す」
「でも、五百匹を...」
「一度に戦わない」
俺は、作戦を考え始めた。
「魔物を、少しずつおびき出して戦う」
「...できますか?」
「分からない」
正直に答えた。
「でも、やってみる価値はある」
エリシアは、少し考えてから、頷いた。
「...分かりました。楽間さんがそう言うなら」
「エリシア、無理しなくていいんだ」
「いえ」
エリシアは、首を振った。
「私も、この町を助けたいです」
その目は、真剣だった。
「一緒に、頑張りましょう」
「...ありがとう」
俺たちは、もう一度会議室に戻った。




