プロローグ
「え...?」
視界が真っ白に染まり、俺(楽間蓮)が気づいた時には、
自身は荘厳な大広間の石畳に倒れていた。
周囲にはクラスメイトたちの悲鳴と困惑の声。「ここ、どこ?」
ゆっくりと体を起こすと、
玉座に座る国王アルベルト・フォン・エルデリアと名乗る初老の男性が、威厳のある声で告げた。
「ようこそ、勇者たちよ」
彼らは魔王の脅威に対抗するため、伝説の召喚術で異世界から呼ばれたのだという。
クラス全員、三十二人がここにいる。
国王の隣に立つ魔法使いが、天職(この世界での役割)を判定するため、
一人ずつ水晶に触れるよう促した。
判定は出席番号順に進んだ。
クラス委員長の相川健太は眩い光と共に「勇者」の資質を与えられ、周囲はどよめいた。
次々と「戦士」「魔法使い」「僧侶」「聖女」など、立派な職業がクラスメイトたちに与えられていく。
幼馴染の田中美咲は「聖女」となった。みんな、特別な力を得ることへの期待に胸を膨らませていた。
そして、俺の番が来た。淡い期待を抱きながら水晶に手を触れると、
灯った光は弱々しかった。
「これは...『卓球部員』...?」
魔法使いが首を傾げ、周囲がざわめいた。
「卓球部員?」「職業なの、それ?」
魔法使いは困惑しながら、卓球部員の能力は「基礎ステータスは平均的」「特殊能力は『サーブ』『レシーブ』『スマッシュ』」であり、戦闘スキルとしては活用法が不明だと報告した。
広間は沈黙に包まれ、俺は立ち尽くすことしかできなかった。
全員の判定後、俺たちは城の一室に案内され、翌日からの職業別訓練が告げられた。
廊下で興奮気味に話すクラスメイトたちは、誰も俺に話しかけてこなかった。
明らかに「ハズレ」を引いた俺は、一人与えられた部屋でベッドに腰を下ろした。
「...なんだよ、これ」
卓球部員
県大会一回戦負けレベルの俺が、この世界で何ができるというのか。
ノックの音と共に、幼馴染の美咲が入ってきた。
「大丈夫?」と心配する美咲に、俺は力なく笑った。
「卓球部員だぞ?この世界で何ができるんだよ」。
美咲は「何か意味があるはずだよ」と優しく慰め、
「私、聖女だから、困ったら力になる」と言い残して部屋を出た。
俺は窓の外の二つの月を見上げ、
「...帰りたい」と呟いた。
翌日、訓練が始まった。勇者や戦士たちは剣術、魔法使いは魔法の訓練へと分かれていく。
最後に騎士団長が俺の名を呼んだ。
「お前の職業は...『卓球部員』だったな」。
騎士団長は正直に「どう訓練すればいいか分からん」と告げ、
とりあえず基礎的な体力訓練と剣術の基礎を教えることになった。
訓練は散々だった。剣術には職業補正がなく、俺はまったくついていけない。
「やる気あるのか?」と騎士に呆れられる日々。
魔法の訓練も適性がないと告げられた。
俺に残されたのは、召喚時に手に握っていたラケットだけ。
訓練場の隅でラケットを振りながら、それが戦闘で何の役に立つのか分からなかった。
訓練三日目、美咲が声をかけてきた。
「回復魔法、ちょっとだけ使えるようになったよ」と嬉しそうに報告する彼女に、
俺はラケットを地面に置いて言った。
「...ダメだよ。俺には何もできない。卓球部員なんて職業、この世界じゃ何の意味もないんだ」。
美咲は優しく「きっと、蓮にしかできないことがあるはずだよ。まだ見つかってないだけで」と励まし、
去っていった。
訓練開始から一週間、クラスメイトは成長していく中、
俺は「他の者たちの訓練の邪魔になる」と騎士団長に告げられ、訓練の輪から外れた。
「自主トレでもしていてくれ」と言われた俺は、訓練場の隅で一人ラケットを振り続ける日々。
クラスメイトたちからの声かけも、次第に減っていった。
訓練開始から二週間が経った夜、眠れずに城の中庭に出ていた俺は、
一人の少女に声をかけられた。
「あなた...楽間蓮さん、ですよね?」
彼女は、この国の第三王女、エリシア・フォン・エルデリアだった。
エリシアは、自分も魔力が弱く「役立たずの王女」と呼ばれていることを明かした。
「だから...あなたを見ていて、何だか親近感が湧いてしまって」
彼女は、隅で一人諦めずに練習する俺の姿を「かっこいいな」と思っていたという。
俺は「俺、ただの役立たずです」と自嘲したが、
エリシアは「私も、役立たずです。お揃いですね」と静かに言った。
エリシアは興味津々に卓球について尋ね、ボールを打ち合い、駆け引きをするその競技を
「何だか、素敵ですね」と評した。
そして、「きっと、その『卓球』、この世界でも役に立つはずです」と言い切った。
「私、信じてます。楽間さんが、自分の力を見つけることを」。
エリシアの言葉は、ほんの少しだけ、俺の心を軽くした。




