六話
そして今、とうとう自分への恋心を打ち明けられたのでした。
不毛な嫉妬心に身を焦がしたまま、少女は王女の方に手を添え、自分の方を向かせました。
「姉様、もしその男が迎えに来たら、私を置いてどこかへ行ってしまうの?」
唐突な問いに、シャシプラバーは目をぱちくりさせました。
「やだ、そんなこと心配してたの?
ムリガーンカヴァティーが一緒に嫁ごうって言ったんじゃない。あなたさえ嫌じゃなければ、一緒に行きましょ?」
「本当?連れて行ってくれるの?」
すとんと添えていた右手から力が抜けました。
「あなたとマナスヴァーミンさえ良かったらね。」
そういって、シャシープラバーは寝台に倒れこみました。
「なんか目が冴えてきちゃったわ。
ムリガーンカヴァティ、なんか話をしてくれる?」
そうでもしないと、寝られそうにないの。そう王女が言うのを聞いて、ムリガーンカヴァティーはシャシープラバーの寝台の横に座り、物語を始めました。
「ねえ、知ってる?女となって、水星と交わった王を。
卵から宇宙を作った梵神が人類を生んですぐのこと。
イラという王が、シヴァ夫婦の住まう森に入ってしまったの。その森は男に見られることを恥じたパールヴァティーのために、入ってきたすべてのものを女に変えてしまう呪いの森だったのよ。
部下と共に女になった彼女は途方に暮れたようだけど、生来の美しさは失われるどころか増えてしまった。
その後、水星の神ブダに見初められて、プルーラヴァスを生んだのよ。」
珍しく脈絡のない話に首を傾げた王女に、ムリガーンカヴァティーはさらに続けました。
「世界には不思議なことがいくつもあるわね。男が女に代わって、女が男に変わるなんて、きっとほんの些細なこと。
この話の本質は、それじゃない。」
ムリガーンヴァティーは口に手を当てて、何かを吐き出しました。
暗い中でも、白いサリーの布が変わっていく体の形に沿ってずずずと動くのが見えました。
肩幅と上背は大きくなり、体の凹凸は平坦になっていきます。
蝋燭の光に照らされた顔の輪郭も、すこし凛々しいものに変わっていきます。
しかし、その表情や顔立ちは暗がりでよく見えないままでした。
彼女、いえ彼は、おもむろに寝台に上がりました。そして、ちょうど横たわったままの王女を押し倒したような格好になります。
「いかに偉大な人でも、____高貴な王と言えども、神といえどもよ____愛し合って交わるの。
何か勘違いしているようだけど、愛欲に耽ることって、ちっとも恥ずかしいことじゃないのよ。」
ちらちらと蝋燭の光が、寝台の上を照らしました。
はだけたサリーから、平坦で筋肉質な胸元と、なにか光るものが見えました。
「あなた、男だったの?」
驚いた声を上げたシャシプラバーに、その男はからかうように返しました。
「あら姉様、私に抱かれるのはお嫌?」
その声は誤魔化しようのない、声変わりした男の裏声で、シャシープラバーは笑ってしまいました。
「そんなことないわよ、ナマスヴァーミン。」
王女の目は、首から紐で下げられた銀の指輪をみていました。
窓の外の月と似たその輝きは、自分が与えたものに他なりません。
「おや、ばれてしまったね。」
余裕をもって返したように見える青年ですが、一瞬の動揺を恋人にかくすことはできませんでした。
「分からないとでも思ったの? その指輪、私があげたのよ。
私、ずっとあなたが来てくれないかと思っていたのよ。もっとはやく言ってくれれば良かったのに。」
「ふふっ、悪かったよ。おれもムリガーンカヴァティーとして、君の妹分として過ごすのは楽しくてね。」
「そう?私もそれはおなじだけど。」
「ならよかった。
じゃあちゃんと言おうか。
シャシプラバー、僕と来ておくれ。今度こそあなたを攫って、ずっと一緒にいたいんだ。」
青年の身体の下で、少女は満足げに笑いました。
「勿論!」
そして青年の首筋に自分の腕を通し、抱き寄せるようにし、続けました。
「責務も実利もすべて投げ捨てて、恋心だけ抱えて逃げ出してしまいましょ?」
そう言うと、マナスヴァーミンが生唾を飲み込んだ音が聞こえました。
王女が軽く目を瞑った数秒後、恋人の重みと体温が彼女の体に伝わりました。
その数か月後、宰相の息子が戻ってきたときには、彼は逃げられ男として笑いものになっていおりました。
さらに、ムリガーンカヴァティを預けたシャシンというバラモンは娘が消えたお詫びとして、王から金銀財宝をせしめた、ということです。




