五話
それから六月ほどたって、妊娠していた妃が出産し、シャシプラバーに腹違いの双子の弟が生まれました。
これでひとまず、すぐ宰相に乗っ取られるという最悪の筋書きはなくなりました。
心にもないだろう祝いを述べる義父の威圧感は恐ろしかったのですが、シャシプラバーはひとまず安心しました。
こうなっては、マナスヴァーミンのことがよりおもいだされるのでした。
あの時自分がいなくなったら、王家の子供は誰もいません。王女として育てられた身の上では、義務を投げ捨てて逃げ出すわけにはいきませんでした。
しかし、今やどうでしょう。
うっかり息子を作ってしまった日には、その子は異母弟の政敵です。弟たちは妾腹ですから、もしかしたら追いやられてしまうかもしれません。
そうなれば、この国は宰相に乗っ取られてしまうでしょう。
そうでなくても、父の玉座を跡目争いの血で汚すのは決まっています。
(いっそ、私なんて居なくなったほうが、民と国のためでしょうね。)
そんなことを考えて鬱々としているシャシプラバーを、ムリガーンカヴァティーは必死に励まそうとしていました。いつも通りたくさん話をしたり、美味しいものを作ったり、綺麗なものを買ってきたりしました。
しかし、それで一瞬気持ちがあかるくなっても悩みがなくなるわけもなかったのです。
そんなある夜、いつも通り寝床に入った後しばらく泣いていたシャシプラバーの元に、ムリガーンカヴァティがやってきました。
「姉様、ここのところずっと泣いているでしょう。どうして? 誰かに何かされたの?」
心配症な妹分を安心させようと、シャシプラバーは慌てて涙を拭い、寝床から起き上がりました。
「いいえ、大したことではないわ。」
そうして誤魔化そうとしましたが、ムリガーンカヴァティーはふくれっ面をつくっていじけたようにいいました。
「数週間も泣き跡をつけて起きてくる原因が大した事ないわけないじゃない。」
押しに負けて、シャシプラバーはぽつりぽつりと、話し始めました。
好きな男がいたこと。
春の祭りのため、花を摘んでた時に暴れ象から助けてもらったこと。
お礼にかこつけて何度も会いにいって、もっと好きになったこと。
告白しようか迷っている矢先に結婚が決まったこと。
「……それでね、せめてお礼をしようと思って指輪を送ったの。それだけの話よ。
だというのに、まだ未練があるなんて。」
不貞ものと言われてしまうわね、と話をしめた王女の横顔は、あまりにも恋する乙女だったのです。
その瞳は、こちらを見ていながら他のものをみようとしています。その心臓はここにいないもののために動悸をはやくしていました。
ムリガーンカヴァティーは思わず寝巻きの白いサリーの上から首に下げた指輪を握り締めました。
(おかしいな、嫉妬してしまいそうになる。)
彼女の瞳は、少し欲を孕んだ瞳で王女を見下ろしています。
(彼女の想っている男というのは、このおれ、マナスヴァーミンだというのに。
ああ、身体も人格も一つのまま、恋心だけが二つに分かれてしまったみたいだ。)
※
あの夜、流石の大盗賊もいきなり女にしてくれと言い出したナマスヴァーミンには面食らったようでした。
「おいおい、どういうことだよ。もしかして失恋か?だったらおすすめはしねえぜ。女になっても男になっても多分おまえはモテねえままさ。」
からかうように言ってきた大人げない大人に、青年は少し噛みつくように言い返しました。
「お言葉だけど、おれはわりとモテてますよ。あんたと違ってね。
それに失恋じゃない。王女さまと両想いになったのはいいけど、相手の結婚が決まっちゃったんだよ。
だから王宮に忍び込みたいんだ。」
怪訝な顔の盗賊を意にも介さず、ナマスヴァーミンはもらった指輪を、天井の蝋燭の明かりに透かしました。
「あの子、最後にとんでもないこと言ってきたんだ。このまま引き下がるわけにはね。」
月光石の嵌められた幅厚の銀の指輪は、光にあたってキラキラと輝きました。白く濁った宝石のそこに、何かの模様がすけて見えました。
それを見てムーラデーヴァはなにかに気付いたようでした。
「その指輪、王家の紋入りじゃねえか。なんだ本物かよ。
かわいい甥代わりがだまされてんじゃねえかと思ってたが、本当と知っちゃあ協力するしかねえな。」
「なんか勘違いしてないか?おれは別に王家の婿にはなれないよ。」
「わかってるぜ。任せな、絶世の美少女に仕上げてやるよ。」
そうして、マナスヴァーミンはムリガーンカヴァティーになったのです。
女になれるという秘薬は、桃色のガラス玉のようでした。口に含んでも溶けはしませんが、うっかり飲み込めば、永遠に女のままだという危ないものでした。
おちおち水も飲やしないと文句を言えば、これを飲めば一月は飯と水なしでも大丈夫という謎の薬を1年分以上くれました。
そうして一週間かけて女の仕草と口調を叩き込まれたあと、ムリガーンカヴァティーは老バラモンに化けたムーラデーヴァに連れられて、王宮へ入ったのでした。




