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四話


王女の結婚が決まってから、一週間ほど後のことです。

王宮にシャシンという名の老バラモンが少女を連れてやってきました。


それは、とびっきりの美少女でした。

ふわふわと波打つ亜麻色の髪、桃色の蓮華のような目。

人懐っこい笑みは、老婆の顔すらあからめました。


勿論、好色な王も例外ではありません。

老人は釘を刺すように、王を睨めつけました。


「これは、私の息子の嫁にするためもらってきた少女(おとめ)で、ムリガーンカヴァティーという名です。

しかし、息子が何処かへ行ってしまいまして、探しに行く間だけでも国王に預かっていただきたいのです。」


意図はよくわかりませんが、怪しいことを企んでるわけではなさそうだと思いました。

王はシャシンとかいうバラモンの願いを聞くことにしました。


とは言っても、嫁入り前の娘を王のそばにおくわけにも行きません。召使にするなどもってのほかです。

仕方なく結婚を無理強いしてから気まずい関係のままの愛娘に、少女を預けることにしました。

これで悪い噂がたつことはないでしょう。


もうすぐ嫁ぐことになっていますが、探しに行くのにそう時間がかかるはずもありませんから、それより迎えに来るはずです。


少女は鈴を転がすような声で、王女に挨拶しました。

「王女様、ムリガーンカヴァティーと申します。この度はお世話になります。」

「よろしくお願いしますね、ムリガーンカヴァティー様。短い間となるでしょうが、仲良くしましょうね。」

少女は安心したように気を抜けた顔で微笑みました。


そうして、二人は姉妹のように暮らし始めました。朝も夜も、ずっと二人は一緒でした。


しかし、すこし変な所もありました。少女は、けして人前でものを食わず、水を飲むことすらしませんでした。


王女は何か病気なのかと心配しましたが、彼女は大丈夫だと笑いました。

それにやつれた様子もなく元気そうだったので、王女はそれ以上いうことはしませんでした。


食べない代わりに、彼女はしゃべることに口を動かしていました。

どうやらよい教育を受けてきたようで、気の利いたことや昔のいろいろな物語とかを話して、王女やその侍女を喜ばせました。


その様子が、姿はまるで違うのにマナスヴァーミンを思い起こさせるのでした。


そんなある日のことです。宰相の息子、つまり王女の未来の婿が王宮にやってきました。


初めての王宮を物珍しく思ったのか、彼は招かれた部屋へまっすぐ向かわず他の部屋をいくつか覗き回りました。


その部屋のひとつで、宰相の息子はムリガーンカヴァティーに出会ってしまったのです。


王女シャシープラバーは、ツンとした冷たさのある美しさでした。一人で生きていけそうな芯の強さも魅力でした。

しかし、宰相の息子の好みは妹のような可愛らしさをもつ、守りがいのある年下の女性だったのです。


そもそも、婚約も彼の意思ではなく、父である宰相の権力狙いでした。息子もそれに振り回された一人であったのです。


だとしても、身勝手なのは父親譲りといったところでしょうか。

彼はムリガーンカヴァティーに惚れて、とんでもない要求を突きつけて来たのですから。


少女を連れて王女の前に顔を出すと、開口一番、彼は言い出しました。

「あなたと結婚する時、あの娘も一緒にしてくれないか。できないなら、この婚約は破棄しようじゃないか。」


王女は嫌悪感で頭がくらくらしました。

「なにを言っているのですか。この子の嫁入り先はとっくに決まっているのですよ。」

もっと警戒しておけば良かったと後悔もしました。


ここまで下卑た奴だったなら、恥も外聞も地位も名誉も投げ捨てて、マナスヴァーミンと一緒になったほうがずっと良かったでしょうか。


「バラモンの娘さんを責任をもって預かっているのです。あなたに渡すわけにはいきません。」


王女が睨みつけると、宰相の息子は鼻白んで言い返しました。

「自分の立場を分かっているのか?俺以外に嫁げは夫を不幸にすると下された身で、ほかに貰い手があるとでも?」


そんなことを言われている間に、ムリガーンカヴァティーはシャシプラバーのすぐそばにやってきて、姉代わりの手を取りました。


「ねえ、シャシー姉様。どうせなら一緒に嫁ぎましょう?

姉様ともう少しでお別れなんて寂しいわ。

私のことはどうにでもなるわよ。きっとシャシンさまも、新しい嫁を探すわ。」

しかし、可愛い妹にそう上目遣いで言われると、怒りもいくらか薄らぎました。


それに、こんなやつに姉様を嫁がせるなんて心配だわ、なんて囁かれてしまっては言い返しようがありません。


そしてとうとう、3人で結婚式を執り行ってしまいました。

しかし、ムリガーンヴァティーは見た目以上に強かでした。


初夜になるはずの日の朝に、ムリガーンカヴァティーは唐突に言い出しました。


「ねえあなた、知っています?新婚の時に、夫が九ヶ月巡礼に行くと、夫婦仲が良くなるという伝統がバラモンの間にあるのです。

せっかくだし行ってくださいませんか?」


男はすこし不満そうな様子を見せましたが、べたぼれの新妻が言い出したことを無下にするわけではありません。

「うん、じゃあ今夜のことが終わって、ゆっくり旅支度をしてから行くことにしようか。」

やんわりと先延ばしにして断ろうとでも思ったのですが、妻のほうが一枚上手でした。


「えぇっ、それではいけませんわ。まだ童貞のうちに、でなくてはなりませんのよ。

ああそうでしたわ、今夜の予定はなくさなくてはなりませんわね。」


決定事項のように言い出したムリガーンカヴァティに、慌てて男は反論しました。

「いや、そんな伝統見たことも聞いたこともないぞ。」


「あら、私が嘘吐きだって言うのね。私達の幸せなんて、どうでもいいってことかしら。

第一、シヴァ神がサティー女神のご遺体を抱えて各地を巡られた月の数って由来がちゃんとあるのよ。」


ずばずばと言い返す、なよなよ女と勘違いしていた新妻を見て、とうとう観念したのか男は旅支度を始めて出かけてしまいました。


翌朝、あの伝統は本当なのか聞くと、ムリガーンカヴァティーは笑いました。

「あら姉様、そんなことしてる花婿を見たことがお有りですの?」


「じゃあ、やっぱり嘘なのね。シヴァ神の下りも?」

「もちろん。」

「それじゃ、どうしてここまで念入りにあいつ……いいえ、もう旦那様ね、を追いやろうとしたの?」


そう言うと、目の前の美少女は男のように、あははと笑い声をたてました。

「《《あいつ》》でじゅうぶんでしょう?

そうね、理由はいろいろあるけれど、一番は姉様のことを大事にしてなかったから、かしら。」

「私を?」

「そんなひとがここにいて、姉様と過ごす資格なんてあるわけないでしょう?」


どこか凄絶なその笑みを見て、シャシプラバーは初めてムリガーンカヴァティーのことを末恐ろしく感じたのです。


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