二話
約束の日、シャシプラバーは市井の少女の身なりをして、マナスヴァーミンの家に行きました。
召使が用意した茶や付け合わせの菓子も頂かず、開口一番尋ねるには、
「ねえ、マナスヴァーミンさん。何か欲しいものはありますか?お父様には頼れなくとも、私自身でどうにかなるものなら、なんでもお与えいたしましょう。」
というものでした。
「そうだね、実を言うと、それほど欲しいものもないのだよ。
自慢というのは咎められるべきものだろうが、これでも富は人並み以上に持っているし、身分も君たちクシャトリアより高いバラモンだ。君に与えてもらうほどひもじくはないさ。元々物欲も薄くてね。」
「そうですか。」
少し落ち込んだように出された茶を啜るシャシプラバーを見て、マナスヴァーミンは、ふと思いついて言いました。
「それじゃあ、お礼代わりにたまに会ってくれないか?おれも話し相手がほしいんだ。ここの近くに住んでるやつとはあんまり話が合わなくてね。」
確かにここは、裕福で気位の高いバラモンがたくさん住んでいる通りでした。飄々としたマナスヴァーミンとでは気が合わないのも当然かもしれません。
それを聞いて、シャシプラバーはぱっと、明るい笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです。」
こうして二人は、隠れて会うようになりました。
マナスヴァーミンは、大変によい男でした。
1週間に一度か二度、突然やってくるシャシプラバーを歓迎し、美味しいお茶とお菓子を出して、いつもいろいろな話をしました。
マナスヴァーミンは、古今東西のいろいろな物語を知っていて、それをとても面白く話すので、シャシプラバーは毎回聞き惚れてしまうのです。
ある時、シャシプラバーはすこしいじけたように言いました。
「これでは、お礼になっていませんわ。私が毎回楽しませてもらっているのですから。」
「そうかい? それは何よりだけど。
ねえ、こんな風にずっと過ごせたら素敵だと思わない?」
マナスヴァーミンがあまりに面白そうに笑うので、シャシプラバーは少しどきまぎしながら返しました。
「そうね、そうなったらどんなに楽しいかしら。」
実は、象から助けてもらったその瞬間から、シャシプラバーはマナスヴァーミンに恋をしてしまっていました。
もしや相手もそうなのではないか、と感じることがないわけでもなかったのですが、それを言い出すことはできませんでした。
愛欲を表に出してはしたないと思われるのでは、という恥じらいもありましたし、今のこの幸せな気分がまことに男女の仲となったら味わえないのではないか、という不安もありました。
※
さて、逢瀬を終えたある夕方のことです。
シャシプラバーは父である王に呼び出されました。
王女はどきまぎしながら、王の御前に参上しました。もしや、マナスヴァーミンとのことがばれたのではと思ったのです。
いっそのこと開き直って、命を救ってもらったことを言えば、父は許してくれるでしょうか。いや、このことを言えばきっと彼の迷惑になってしまうでしょう。
そんなことも考えながらも、表は冷静に取り繕って、王女は父の前にひざまずきました。
「なんでしょうか、お父様。」
「シャシーよ、お前の結婚が決まった。一月後、宰相の息子とだ。」
驚きで声が出そうになりました。
顔を上げて玉座を見ると、壮年である王は、眉間に刻まれたシワをますます深くして、不機嫌そうにしていました。
威厳を出そうとするとき、父はそうする癖があるとシャシプラバーは知っていました。
しかし、驚きの勢いもそのまま、王女は食い下がるように聞きました。
「どうしてですか。そんなに突然に。婿選びもまだではありませんか。」
「仕方のないことだ。
……神託が降りたそうだ。『シャシプラバー王女を宰相の息子の嫁とせよ。そうすれば彼女は幸せとなるだろう。それ以外に嫁がせれば、夫に不幸を生むだろう。』と」
(そんなことで……)
「納得がいかないのはわかる。しかし、相手はそう悪い人ではなさそうだ。きっとお前のいい夫となるだろう」
申し訳なさそうに話す父親の声を遮って、王女は言いました。
「神託を得たのは宰相でしょう。彼はこの国の大神官でもありますから。彼が仕組んだ狂言だとは思わないのですか。」
元々、父の政はずっと宰相頼りということを、王女は知っていました。
それに、未だ王に息子は一人もいません。即位前に生まれた王女、シャシプラバーがただ一人いるだけです。
三月ほど前、懐妊した妃はいますが、もちろんまだ性別はわかりません。
もし息子がいない状況で王女に息子が生まれれば、必然的にその子が世継ぎとなります。
懐妊の発覚もありますし、宰相があせっても不思議ではありません。
「私さえ手に入れば、この国を簡単に乗っ取れますから。」
「そうだとしたら、なんだというのだ。我々にそれを断る力があるとでも?
我々戦士階級の序列は、彼ら神官階級よりも下だ。」
「お前には気苦労をかけるな。わたしのせいで、他の嫁ぎ先も用意してやれない。」
気難しい父にそう言われて、自分がどんなに食い下がろうがどうにもならないことを王女は思い知りました。
だからせめて、別れだけは告げようと思いました。
私室に入ると、王女は大急ぎで着替え始めました。背格好の似た侍女の服を拝借し、化粧や腕輪も質素なものに変えさせました。
もはや、身なりを見て王女だと気づくものは居ないでしょう。
侍女を身代わりに立てると、王女は王宮を抜け出し、町にでました。
向かうのは、マナスヴァーミンのもとです。




