一話
「ねえ、知ってる?女となって水星と交わった王を。」
王女と同じ寝台の横に座り、女はそう言いました。
蝋燭と月光だけの弱い光の中でも、物語を語るその唇は赤く艶やかで、爛々と輝く瞳と、紅潮した頬がえもいえぬ色香を醸し出していました。
見た目は女の理想を写しだし、中身は男の理想を体現したような娘でした。
その顔を、髪を、体つきを羨まぬ女はおらず、その容姿の、声色の、話術の虜にならぬ男もおりませんでした。
自分を月とするのならば、彼女は金星というべきだろうか、と王女は思いました。
暁と夕暮れに違う顔を見せる金星は、彼女の可憐さと狡猾さによく似合っている、そう思ったのです。
王女は半ばその少女に見惚れながらも、どうしてこうなったのか思い返し始めました。
※
昔むかし、ネパール国のシヴァプラという都に、シャシプラバーというそれはそれは美しい王女様がおりました。
その清き美しさといったら、月光にもたとえられるほど。
蓮の花のような切れ長の目も、腰元まで伸びる黒髪も、讃えられないことはありませんでした。
春のある日のことです。王女は供を連れて、森に花を摘みに行きました。
生まれついての箱入り娘で、自由の少ない生活を送っていた彼女にとっては楽しみでした。
その花をこれから始まるホーリーの祭りで、恋の神にささげるのです。
楽しみといえども、王女は真剣に花を選んでいました。
この茉莉花の色がいい、あの睡蓮は瑞々しいなんて夢中になっていると、森の奥から雷のようなざわめきが聞こえました。
顔を上げると、黒雲にもみえる土埃があがっているのが見えました。
森の奥から暴れ象がやってきたのです。
王女の従者たちは皆、いの一番にわらわらと逃げ出しました。王女も逃げようとしましたが、花を踏むのを避けようとしたせいで、転んで足をひねってしまいました。
痛みに耐えて立ち上がろうとしている間も、象が落ち着くことはありませんでした。むしろ、花の匂いに引かれたのか、こちらへ近づいてきます。
従者も象を恐れるばかりで、助けに来てはくれません。
かわいそうな王女は踏みつぶされることを覚悟して、固く目を瞑りました。
しかし、そうはなりませんでした。王女の体は横抱きにされてふわりと浮き、その場を離れたのです。
驚いたシャシプラバーが目をあけると、そこには大変美しい青年がいました。
すこし息の乱れた様子でも、赤みがかった瞳は凛々しさを宿したまま。つやつやとながれる肩までの黒髪が白い絹のクルタにかかっていました。
シャシプラバーと目が合うと、彼は人懐っこく笑って言いました。
「間に合ってよかった。」
シャシプラバーの心臓が高鳴り始めました。
シャシプラバーを切り株に座らせると、青年は名乗りました。
「おれはマナスヴァーミン。君の名前は?」
「シャシプラバーと申します。あの、何かお礼をさせてください。あなたは命の恩人です。」
「シャシプラバー? 珍しいね、王女様と同じ名前だ。」
王女は苦笑いで答えました。
「ええ、本人ですから。父である王に紹介させてください。損はさせません。」
そういうと、彼は少し困ったように笑いました。
「うーん、実は大事にしたくないのだよ。というのも、うちの父さんは春の祭りの取り仕切りをしてる神官でね。その手伝いをさぼってきたものだから。」
「しかし、なにもしないでは私の気がすみません。個人的にでも、お礼をさせてください。」
王女は彼の住処を聞きだし、また会う約束を取り付けました




