第9話:はじめての“しっぱい”
朝、まだ空が薄青いころ。ユイはそっと小屋を出た。
腰に布袋、手には自作のスリング。グリュンの作った防刃の上着に、昨日の夜に磨いた小刀。
森の入り口に立ったユイは、ほんの少し、深呼吸した。
(いく……)
チュートリアルが言う。
『周囲の魔物反応、低レベル。現在の侵入経路に敵対反応はありません』
「うん、いってくる」
***
森は静かだった。枝が風で揺れ、鳥が木々のあいだから鳴いている。
小さな音にも耳をすませながら、ユイは慎重に進んでいった。
(えもの……どこに、いるかな)
何度か、ウサギのような小さな動物――“クルト”の足跡を見つける。
グリュンの本に載っていたとおり、二本の後ろ足の形がはっきりと残っている。
(ちかいかも……)
ユイはスリングに石をつめ、音を立てないように膝を折りながら進んでいく。
やがて、目の前の茂みがサラッと動いた。
……いた。
小さな、ふわふわした毛の動物が、草を食べていた。
(いま……)
スリングをゆっくりと構え、石を一つ、そっと挟む。
風の向き、距離、動物の動き。
(……うごくまえに)
「――っ!」
ユイは石を放った。
……ヒュッ!
……パチン!
石は、クルトの横の地面に当たり、土を蹴り上げた。
その瞬間、クルトはピョンと跳ね、森の奥へ消えていった。
「……あっ……」
ユイはしばらくその場で固まった。
(おちついてた、つもり……だったのに)
手のひらはうっすらと汗ばんでいた。心臓が、どくどくと鳴っている。
「むずかしい……」
***
それからしばらく、ユイは森を歩きながら何度も試した。
しかし、クルトの動きは速く、何度も見失い、石もすべて外れた。
(あたらない……うまくいかない……)
昼前、ユイは森の隅で腰を下ろして、膝を抱えた。
風が葉を揺らし、鳥がまた鳴いた。
(わたし、ぜんぜんだめ……)
目に涙がたまる。でも、泣き声を出すことはなかった。
ただ、悔しさと、なにかが違う感情が喉にひっかかっていた。
(グリュンは……なんでも、できたのに)
***
そのとき、頭の中に声が響いた。
『“学び”には失敗が必要です。失敗を記録、状況分析により、次回成功率が向上します』
「……チュートリアル、うるさい」
『……申し訳ありません』
ユイはひとつため息をついてから、立ち上がった。
(かえろ……)
***
小屋に戻ると、グリュンがちょうど料理をしていた。
「どうじゃった?」
「だめ、だった」
「はは、まあ、当然よな。初めてで“獲れる”ほうが、びっくりじゃ」
「……がんばった」
「知っとる」
ユイは、何も言わずにグリュンの手元を見つめた。
そのあと、薪を一つ拾って、火の番をはじめた。
(つぎは……つぎこそ)
***
【現在の魔力情報】
最大魔力量:890(使用上限:135)
スキル《魔力スリング》習熟度:8%(初使用記録)
ユイは悔しさを噛みしめながら、次の一歩をすでに考えていた。
そしてこの“失敗”こそが、後の“工夫”と“成長”への第一歩となる――。