第8話:はじめての“そなえ”
森の緑がやわらかく芽吹きはじめた季節。
グリュンの薪割りを手伝っていたユイは、ふと顔を上げて言った。
「……わたし、つぎは、たべもの……“じぶん”で、とりたい」
グリュンは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「ほう、ようやく“森”の声が聞こえてきたか」
森に分け入って食材を手に入れる――それは、単に動物を狩るというだけでなく、危険と向き合う行為でもある。
「じゃが、今日はいきなり行かせるわけにはいかん。“準備”から始めよう」
「じゅんび……?」
「森に入るなら、まず“服装”と“道具”と“知識”じゃ」
***
まずは服装。
ユイは普段、小屋の中ではゆったりとした布の衣を着ているが、それでは枝に引っかかってしまう。グリュンは古布を引っ張り出してきて、小さな“狩り用の上着”を仕立ててくれた。
「ふぁ……おもい……」
「それはな、魔獣の毛皮が裏地に入っとる。防寒と防刃のためよ」
「すごい……」
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次は道具。
「狩りには“武器”がいる」
「ぶき……あぶないの?」
「そうじゃが、まずは“刺さない”道具から始めようか」
グリュンは細くてしなやかな枝を削り、ユイ用の“投げ棒”を作ってくれた。
手の大きさに合わせて柄を調整し、先端は丸く、けがをしない工夫がされている。
「こんなので、しとめられる?」
「うまく当てればな。まずは“当てる”練習じゃ」
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そして、知識。
「森には“危ない草”も“毒を持つ実”もある。動物だって、全部が“食べられる”わけじゃない」
グリュンは一枚の古い本を取り出し、絵と説明で毒草の見分け方を教えた。
ユイは真剣なまなざしでページをめくり、一つひとつの葉の形を覚えようとする。
「これ……にてるけど……ちがう……」
「よう見とるな。似ていても“香り”と“切り口”が違う。よく覚えとけ」
***
次の日に、グリュンはユイを森の手前まで連れて行き、そこで止まった。
「ここから先は、獣の道じゃ。今日は入らん。当日、お前が“準備できた”と思ったら、一歩踏み出せ」
「……うん」
ユイは森の奥をじっと見つめた。
あの緑の中に、自分の手で得る“ごはん”があるのだと思うと、胸が高鳴った。
怖さもあるけれど、それ以上に「できるかもしれない」というわずかな自信もあった。
(よし……あした、がんばる)
***
その夜、ユイは自分で作った“魔力スリング”と“布の腰袋”を用意した。
石を三つ選び、鑑定で重さと硬さを調べて、ポケットに入れる。
『狩猟は目標の速度、距離、動きの予測が必要です』
「がんばる……でも、たのしくしたい」
『“楽しい狩り”は矛盾していますが、肯定されました』
(……よくわからないけど、うん)
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【現在の魔力情報】
最大魔力量:880(使用上限:130)
スキル《創造》習熟度:47%
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夜、眠りにつく前。
ユイは布団の中でそっとつぶやいた。
「グリュン、ありがと。あした……いってくるね」
窓の外、月が優しく森を照らしていた。