幕間5 命の残響
夜は深い。
静寂の中で虫の音だけが時を刻んでいる。
グリュンは灯りもつけず、窓辺に佇んでいた。
月の光が静かに背を照らし、老いた獣人の横顔を浮かび上がらせる。
「……寿命、か」
その言葉は、自嘲にも近かった。
霧氷の迷宮での出来事。
ルーファスが二度目の詠唱魔法を行使するために──“主たる自身の寿命”を代償としたこと。
自らの意志で、分身に貸与した魔力。
だがそれは、確かに“残り時間”を削るものだった。
「何年、縮んだのか。あるいは──何ヶ月か」
誰にも語ることはない。
ユイにも、ルミにも。
この命の終わりは、自分ひとりで迎えるつもりでいた。
けれど──
(間に合うのだろうか)
胸の奥が微かに熱を帯びる。
冷静さを欠くわけではない。だが、“焦燥”というものを久しぶりに覚えていた。
それほどまでに、あの霧氷の迷宮で見た“痕跡”は異質だった。
魔力の流れが逆巻き、外部からの干渉が前提であるかのような構造。
「……呼び水。いや、“観察者”か」
ユイは強くなるだろう。
彼女の契約は未だ成長途上であり、再構成という力も拡張の余地がある。
ミル──いや、ルミの存在も、その先の未知を抱えている。
彼らは未来に向かって歩いている。
だが、自分は──
(私は、その未来にいられるのか?)
その問いには、答えはなかった。
すでに自らの肉体には、老いだけでなく、魔力の“消耗痕”が刻まれている。
常人の数倍以上の魔力を宿し、それを操作し続けてきた身体。
その限界は、とうに超えていたはずだ。
それでも生きているのは、ただ、運命の猶予か、あるいは“必要とされている”からなのか。
「……あと一度。あと一歩でいい」
グリュンは空を見上げる。
月は満ちていた。
それはまるで、何かを告げるように──沈黙のまま光を放っていた。
彼はふと、微笑む。
「やはり、老いは贅沢だな。考える暇がある」
そっと目を閉じる。
静けさの中に、命の音が、わずかに響いていた。




