第5話:はじめての“こわれた”
――時間は容赦なく流れる。
ユイがこの世界に来てから、三年目の春が過ぎようとしていた。
体は少しずつしっかりしてきて、言葉もだいぶ話せるようになった。
もちろん、まだ子供らしさは抜けない。でも、もう“赤ん坊”ではない。
グリュンとの生活は、穏やかだった。
朝は森の中で拾った木の実と、乾燥させた肉で簡単な朝食をとる。
昼は畑仕事や小屋の修繕を手伝い、夜には囲炉裏を囲んで昔話を聞いた。
そんな日々の中で、ユイにはある“気付き”が芽生えていた。
(わたし、たまに“もの”の中が見える気がする)
ある日、壊れた木製のスプーンを手に取ったときのこと。
手の中でそれが“構造”として見えるような、不思議な感覚が走ったのだ。
(なんで……?)
戸惑いながら、ユイは“チュートリアル”に意識を向けた。
『スキル【分解】の発動を検知。ユニークスキル:鑑定対象の構造理解中』
(これって……わたしのスキル?)
『はい。ユニークスキル【分解】により、対象物の構造解析が可能です。
このスキルは魔力を消費しません。分解後、再構成が可能です』
(そうだった……最近魔法ばかりで忘れてた!神様からもらったユニークスキルもう一度確認してみよう)
小さな手の中で、壊れたスプーンは静かに“木片”へと戻っていく。
“分解”というより、“ほどける”という言葉の方が近いかもしれない。
そして、ユイはその木片をじっと見つめながら、手をかざす。
「つくる……」
“スキル【創造】、再構成開始……失敗。習熟度不足により未完成”
完成したスプーンは、少しいびつだった。
でも、スプーンとしての形は保たれていた。
(でも……できた)
それは、ユイにとって“はじめての自分だけの創造”だった。
***
「ほう、それは……お前が直したのか」
夕暮れ時、グリュンが帰ってきた時、ユイは自慢げにスプーンを見せた。
グリュンはそれを手に取って、目を細める。
「見た目は少し歪んでるが……立派なもんだ。ようやったな」
(……これは、魔法か? いや、スキルで作られたものだな。再構成系のスキル……聞いたことがない。ただ、精度は低いが、まったくの素人がしかも子供がいきなり道具もなしで作れる代物ではない)
その言葉に、ユイの胸はほこっと温かくなった。
「こわれたの、なおしたの。……すぷーん、だいじ」
「うむ、大事にな」
グリュンは優しく笑って、頭を撫でてくれた。
(なんだろう……すごく、うれしい)
***
その夜、ユイは眠れなかった。
体は眠たがっているのに、頭の中がふわふわしていた。
(もっと、つくりたいな……)
“分解”できるものは多くない。スキルの対象には限界がある。
生き物はできないし、複雑すぎるものも拒絶される。
でも、だからこそ。
“自分の手で、形あるものを作れる”という喜びが、ユイを突き動かしていた。
***
次の日の朝、朝食の片付けを終えたグリュンが、いつになく穏やかな表情でユイに声をかけた。
「そういや昨日のスプーン……あれ、もしかして“スキル”で作ったのか?」
ユイはコクリとうなずいて、手を広げながら無邪気に話す。
「うん。“こわれた”のを“ばらばら”にして、“つくった”の。チュートリアルが“分解”っていってた。そしたら、“つくれる”って教えてくれたの」
「……なるほどな。分解と、再構成か。ふむ、面白いスキルじゃな」
グリュンは表情を変えずにそう言ったが、内心では確信に近い感覚を覚えていた。
(やはり、ただの子じゃない……この先、なにを“作る”ようになるのか。それにチュートリアル.......この歳になって聞いたことがない言葉が出てきたか、おもしろい)
そして、薪を数本手に取りながら、静かに言った。
「道具ってのはな、“便利”より“壊れにくさ”の方が大事だ」
「へー」
「お前のスキルは便利だがな、それに頼りきりだと“壊れる理由”がわからん。
それじゃあ、次に作るときにもまた壊れる」
グリュンの教えは、スキルに頼らない“知識と経験”に基づいていた。
それは、まるで未来のために種を撒いてくれているようだった。
ユイは、道具作りの練習の中で、自分のスキルに“習熟度”があることに気づいた。
『スキル【創造】:木製スプーン 習熟度:12%』
(しゅうじゅくど……?)
『スキルにより作られたアイテムの精度・耐久・美しさに影響します。
実際の職人による手作業より劣る場合、完成品は“製品”として格下評価になります』
(うー……がんばろ)
ユイは眠くなるまで手を動かした。
そして、眠るたびに魔力は増えていった。
【現在の最大魔力量:680(使用上限:100)】
毎日眠って、食べて、作って、壊して、また直す。
そんな“くりかえし”が、ユイの世界を少しずつ広げていった。
***
ある日、グリュンが言った。
「ユイ、お前の“ちから”はまだ小さい。だが……その芽は、大きく育つ」
「ちから……?」
「お前の分解と創造。見てて思ったが、ただの魔法とは違う。
それに……この小屋じゃ、お前を教えるには、もう狭いかもしれんな」
「どこか、いくの?」
「まだじゃ。だが――その時が来たら、必ず、旅立つことになるじゃろう」
ユイはその言葉の意味を、まだ完全には理解できなかった。
でも、心のどこかが静かにざわめいた。
(たび……)
外の世界。
知らない人たち。
見たこともない空。
ユイの胸には、小さな火が灯っていた。
まだそれが何かはわからない。
でも、それは確かに、世界へと続く道だった。