第42話 止まらぬ再生
フロストヒュドラ──倒したはずのその巨体が、蒼い魔力の奔流とともに再び立ち上がる。
五つの首がゆっくりと持ち上がり、再構成された肉体が霧氷の空を裂く。
「なんで……まだ動けるの……?」
ユイが声を震わせる。
ルミの氷刃が深々と突き刺さったはずの胴体から、まるで何もなかったかのように再生が始まっていた。
「……魔力が、外部から流れ込んでいる」
静かに答えたのはルーファスだった。
「紋章が核となり、どこか別の空間から魔力を直接受け取っている。迷宮自体が、ヒュドラを“再生させる兵器”として動かしているのでしょう」
「つまり、倒しても意味がない……?」
ルミの声は冷静だったが、その目は明らかに焦りを帯びていた。
「ええ。正確には“魔力供給を断たない限り、完全に倒せない”ということです」
ルーファスは短く息を吸い、前に出る。
「……一度だけ、封印魔法を試みます。敵の魔力再生を一時停止させる術です」
「そんなことが……!」
「制御が難しく、代償も大きいですが──今は手段を選んでいる場合ではありません」
ルーファスが手を広げ、空間に蒼と銀の魔法陣を描く。
空気が凍るような緊張が、周囲に広がっていく。
「時よ、流れを止めよ。再生の因果を断ち、輪廻を凍てつかせよ──」
詠唱が完了した瞬間、空間が“止まった”。
ヒュドラの動きが一瞬、完全に凍結する。
「──《時停めの封印陣》!」
魔法陣の光が広がり、紋章から溢れていた魔力が強制的に遮断された。
「……今しかない!」
ユイとルミが再び突撃の体勢に入る。
だが──
「……ダメだ。時間が持たない!」
魔法陣の縁が揺らぎ、封印が解除されかけていた。
敵の魔力量があまりに大きすぎる。
「もう一度……! もう一発、同じ魔法を……!」
ユイの言葉に、ルーファスが静かに首を振る。
「申し訳ありません。魔力が……足りませぬ」
その声に、ユイとルミは動きを止めた。
ルーファスは静かに懐から、黒金の通信触媒を取り出す。
「ですが、方法はあります。外部から“補給”を受ければ──あと一発、撃てます」
「本当にできるの……?」
「ええ。今のうちに、体勢を立て直しておいてください。すぐに戻ります」
微笑んだその顔は、平静を装っていた。
そして、通信魔法が起動する──
次の瞬間、虚空の空間に裂け目が生まれ、そこから現れたのは──
賢者グリュン。その瞳は深く、そして全てを見通していた。
『……ルーファスか』
「はい。ご無沙汰しております。こちら、想定外のAランク個体が出現しました。時間魔法一発分は撃ちましたが、次の詠唱には、魔力が──」
『……寿命を寄越せということだな』
「……はい」
ルーファスの声は、僅かに低くなった。
彼は魔力で作られた存在。
ゆえに、外部からの魔力供給は“主”の代償によって成り立つ。
『説明は要らん。お前の目を通して、すべて視えている。……選ぶのは、お前だ』
「ありがとうございます。では……賜ります」
その瞬間、背中を突き抜けるような、純粋な魔力の奔流が流れ込んでくる。
だが同時に、それはグリュンの寿命という“時間”を削るものであった。
(この命は、主より与えられしもの。ならば、主の時間を燃やしても──ユイ様を、護る)
ルーファスは再び前を向いた。
ユイとルミは、彼が何を代償にしたのかを知らない。
それでいい。知る必要などない。
「──《時停めの封印陣》、再構成開始」
蒼と銀の魔法陣が、再び空間に描かれていく。
再生を完了しかけていたヒュドラの動きが、再び止まり始めた。
「今度こそ、終わらせましょう──この災厄を」
決着の時は、すぐそこに迫っていた。




