第41話 覚醒の兆し
フロストヒュドラ──
五つの頭が唸りを上げ、凍てついた咆哮が霧氷の迷宮全体を揺らす。
その姿は“氷の災厄”の名にふさわしく、霧すら凍てつかせるほどの魔力を放っていた。
「やば……これは、本物のAランクだよ……!」
ユイの声が震える。
ただ立っているだけで体温が下がっていく。防寒具を貫通して骨まで冷える異常な冷気──それがこの魔物の圧だ。
「……いや、正確には“Aランクの中でも上位個体”ですな……! 単純な力だけなら、街一つを凍らせかねませぬ!」
ルーファスが歯を食いしばりながら答える。
「ルミ、どうする!?」
ユイの呼びかけに、擬人化したルミが氷刃を展開する。
金の瞳が冷たく光った。
「全力でいく。回復の余裕はない。これ以上進化させない」
次の瞬間、五つの頭が一斉に吐息を放つ。
──《氷槍の嵐》
無数の氷柱が上空から降り注ぐ。規模は、もはや攻撃魔法というより“災害”だった。
「《氷障壁・多層展開》!」
ルミが空中に三重の魔法陣を展開し、巨大な氷の盾を幾重にも積層して衝撃を受け止める。
だが──
「くっ……全部、貫通してくる!」
その奥、さらに二首が螺旋状に冷気を回転させ──《凍結旋槍》が直線で飛来する。
ユイがとっさに飛び退く──だが回避が間に合わない。
「ユイ様あああああああ!!」
ルーファスが身を投げ出す──その瞬間、
──パシィン!!
氷が砕けた。
しかし、それは防御によるものではなかった。
「……え?」
ユイの体から、白銀の魔力の波紋が広がっていた。
周囲の空間が“反転”するように、攻撃の軌道が歪んだ。
冷気が逸れ、氷が宙で弾かれ、敵の魔力すら押し返すような、異質な干渉。
「これ……私の……?」
心臓の奥にいた“違和感”──それが、いま、目を覚ました。
「これは……属性の再構成……!? いや、それ以上……?」
ルーファスが目を見張る。
「ユイ、体の中の“何か”が動いてる。契約で得た力、ようやく……!」
ルミが叫ぶ。
「今はまだ完全じゃない! けど、その力で敵の魔力場を崩せる! 隙を作って!」
「──うん!」
ユイが前へ出る。
手の中の杖が共鳴し、淡く銀の光が集まり始める。
(名前は……わからない。でも……これだけは、言える)
「私の力……返して!」
空間が歪む。
──《再構成・反射》!
フロストヒュドラが吐いた冷気が、そのまま逆流するように押し返された。
五つの首が一瞬たじろぐ。
「いまだ、ルミ!」
「──了解!」
氷刃が五方向に分裂。
擬人化形態で放つ最大の連撃──《氷牙・裂斬》!
凍てついた大地を砕きながら、ルミの刃がヒュドラの頸を次々に断ち切っていく。
──どおん!!!
五つの首が、次々と地面へと落ちる。
爆風。魔力の逆流。激しい霧氷が散った。
地鳴りとともに、フロストヒュドラの巨体が崩れ落ちた。
「……やった……?」
ユイが息を切らしながら、手をつく。
ルーファスが慎重に歩み寄り、魔力感知を行う。
「……魔力波、収束。敵性反応──なし」
「本当に……?」
ルミが眉をひそめる。
「完全に消えた?」
「……ええ。少なくとも“今”は、ですが……」
その時。
──グウゥゥ……ググ……。
「……っ!?」
大地が揺れた。
倒れたはずのフロストヒュドラの体に──またしても蒼い魔力が流れ込む。
「再生!? まさか……!」
ユイが叫ぶ。
首が、一つずつ再構成されるように戻っていく。
肉体の繊維が、氷結した魔力で無理やり繋がっていく。
「これって……自己再生!? そんなの、聞いてないよ!」
「違う! これは……紋章だ!」
ルーファスが睨む。
「紋章から、外部の魔力供給がある! これさえ断ち切れば……!」
「けど……時間が……!」
五つの首が、完全に蘇りかけていた。
「一度は倒せたんだ。もう一回、やるだけ!」
ユイの目が、恐怖に震えながらも、確かに光っていた。
「次で決める!」
ルミが氷を砕いて立ち上がる。
再び戦闘が始まる──
“本物”の決着をつけるために。




