第39話 聖獣の違和感、剥がれた仮面
第39話 剥がれた仮面
十階層の扉の前──
空間が霧に包まれ、銀の魔力が静かに揺れる。
「……ちょっと、待って」
そう言って振り返ったのは、ルミだった。
彼女は獣の姿から擬人化のまま、鋭い金の瞳でルーファスを見つめる。
「ルーファス。少し、話そうか」
凛とした声が霧を切り裂く。
ルーファスの耳が、びくりと揺れた。
「な、なんでしょうな……?」
「“第三者”って言ったよね。……でも、今になって思えばおかしいことばかりだった」
ルミが淡々と語る。
「まず、魔物の配置が微妙に変化してた。単なる群体型なのに、こっちの動きに適応してた。進化も知性もないのに──“学んでた”みたいにね」
「そ、それは……偶然か、特殊個体の可能性も──」
「そして、霧。最初は地面から湧いてた。でも、何度目かには天井から流れてきた。重力の逆転がないと、あんな霧の流れは起きない」
「っ……」
「しかも。霧の流れを変えた座標が、“私たちが通るルートの直上”にだけ出現してた。誰かが、操作してたとしか思えない」
「……」
「でもね、それだけじゃない。極めつけは、“あなたしか通れなかった通路”。」
ルミが、さらに一歩踏み出す。
「ユイも私も通れなかった。あれ、空間識別式で“通過権限”が指定されてた。つまり──“あなただけ通れるように”作られてたの」
ルーファスの顔から血の気が引いた。
「で、でも、それは、たまたま……体型の差とか、霊波の違いとか……」
「言い訳が雑すぎる」
静かに断じたルミの言葉に、ルーファスが小さく震える。
「私は、魔力痕も調べた。氷柱の根元に残ってた魔力──“あなたの波長とほぼ同じ”だった。……幻影の人影、あれも、あなたが出したものでしょ?」
「…………」
「最初は事故だった。それはわかる」
その言葉に、ルーファスが顔を上げた。
「え……?」
「たぶん──階段を降りた時、転んで天井に魔力がぶつかったんだよね。あれ、空間魔法が暴発して、座標が固定された。結果、同じ階層に戻されるループが生まれた」
「……そ、それは……っ」
「でも。そこからが問題」
ルミの声が冷え切っていく。
「“やばい”って思って誤魔化した。“第三者の仕業”だって嘘をついた。幻影まで出して、全部の辻褄を合わせて、自分が謎を解いたふりをした」
「……ご、ごめんなさいぃぃ……!」
ルーファスが地面に崩れ落ち、頭を抱える。
「バレてないと思ったんですぅ……! ユイ様に褒められて、ちょっと調子に乗ってしまって……!」
ユイが小さく眉を下げ、そっと言った。
「ルーファス……正直に話してくれて、ありがとう。でも、嘘をつくのはよくないよ?」
「うぅ……ユイ様の信頼が……!」
「信頼は、すぐには消えないよ。でも、壊れないわけでもないからね」
静かな言葉に、ルーファスが泣きそうな顔で頷く。
──しかし。
「それで済むと思ってるの?」
冷たい声が空気を裂く。
擬人化したルミが、もう一歩踏み出した。
「……幻影。私に最大攻撃を撃たせたよね?」
「え、えっと、それは……未遂というか……」
「私の魔力、吸ったよね?」
「ひ、否定は……できませぬ……」
「じゃあ──“処罰、執行”」
彼女の掌に、蒼白の魔力が奔流となって集う。
複数の魔法陣が連鎖し、銀の氷刃が無数に宙を舞い始める。
――【氷牙・大輪舞】
「ちょ、ちょっとルミ!? 本気モードは危な──」
「止めてた分、ぶつけるから」
「やめてぇぇぇぇぇ!!」
爆風と氷槍が炸裂する。霧すら凍りつき、天井が一瞬青白く光った。
ルーファスは氷漬けの像のように、冷たく白く凍りついた。
「うぅぅ……凍る……心まで凍りそうですぅ……」
ユイは苦笑しながら、近づいてそっと手を当てる。
「……でも、無事でよかった。ほんとに、怒ってるわけじゃないからね」
「ゆ、ユイ様ああ……!」
ルミは冷静なまま、指先で氷の破片を払う。
「次、また嘘をついたら。今度は、骨の髄まで凍らせるから」
「覚悟いたしましたぁ……!」
---
霧の中。ようやく十階層の座標が安定し、空間の歪みが収まっていく。
「今度こそ、本当の……最深部、だね」
「ええ。ユイ様の成長の成果を、存分に発揮できる場所ですな」
「ルーファスは休んでなさい。私がついてく」
頼もしく背中を押すルミに、ユイが小さく笑ってうなずいた。
扉が、静かに開かれる──
そして“霧氷の迷宮”最終幕の幕が上がる。




