第37話 聖獣の牙、発射せよ
第37話 聖獣の牙、発射せよ
霧氷の迷宮──第八階層。
気温はさらに下がり、白い息が視界を曇らせるほどだった。氷の結晶が空中に舞い、床の霜は足元の感覚を鈍らせてくる。
「……ルミ、少し浮いてて。足、冷たくない?」
ユイが心配そうにルミを見上げると、獣形態のルミ──契約によって誕生した聖獣ミルの擬人化形態──は、淡く笑った。
「問題ない。私の体温は一定に保たれているから。……むしろ、君のほうこそ手袋を着けたほうがいいかもしれない」
「ん。大丈夫。魔力でちょっとあったかくしてるから」
「ほぉ……魔力を温度操作に応用とは、なかなか器用ですな」
ポンと口を挟んできたのは、我らが小さき執事、ルーファスである。
しかしその次の瞬間、ツルリと音を立てて氷上で派手に滑るルーファス。
「うわっ!? ま、待ってくださいユイ様! この氷は反則です! ぬあああああっ──」
ズシャァアアン!
見事に大回転してルミの足元で転がった。
「ルーファス……氷床対策の靴、渡したのに」
「履いた上でこれなのですぅ……っ!」
ルミが眉を顰めてそっと抱き起こすと、ルーファスは泣きそうな顔で氷の粒を払い、何食わぬ顔に戻った……が、しっぽがしょんぼり垂れている。
八階層では、氷属性の魔物が多く出現した。
だが、これまでとは明らかに違う。
ユイの戦い方に――“変化”があった。
「ルミ! “牙”使って!」
ユイの指示に応じて、ルミの背中に光が集まる。
光の粒子が集まり、形を成す。それは銀に輝く魔法の投射機──聖獣の牙。その名の通り、ルミの力を砲撃として行使する新たな戦法だった。
「発射!」
放たれた閃光は、氷魔獣の胸部を貫いた。重たい氷の身体を粉砕し、残骸が霧氷のように舞い散る。
ルミはその姿のまま、ユイの背後を守りながら冷静に言った。
「着弾精度、約90%。十分な命中率だ」
「うん……“発射”の精度、もっと上げられる気がする。次は……連射、できるかな?」
「それは……もう少し魔力を研ぎ澄ませば可能だと思う」
契約後、ユイは“再構成”の応用によって、新たに“聖獣との連携機構”を発現させていた。ルミの身体を介して魔力を送り込み、形にして放つ。その使い方こそが、今回の“牙”だった。
そしてユイの魔力量も、確かに成長していた。
前なら一発でへとへとになっていた攻撃も、今は三発は撃てる。
小さな進歩。それでも、確かな一歩だった。
* * *
第九階層は、巨大な氷の柱が林立する幻想的な空間だった。視界は悪くないが、音が吸い込まれていくような静けさが広がる。
そして現れたのは、群れで襲いかかる氷狼たち。
「囲まれたか……ルーファス!」
「了解いたしました、風圧展開──っと、ああっ、凍った床でまた滑ったああああぁぁ!」
ゴロゴロ転がりながらも風魔法を展開し、ルーファスは周囲の氷狼を吹き飛ばしていく。戦闘能力は高いのに、滑るせいで三割減である。
そのドジに思わず笑いそうになるユイ。
けれど、すぐに集中を戻す。
「ルミ、囲いを破るよ。牙、三連装……できる?」
「可能。魔力送って」
ユイの手から魔力の糸がルミへと繋がる。獣の身体から拡張される三つの砲口。それぞれが光を帯び、咆哮のような衝撃とともに炸裂する。
バシュン! バシュン! バシュン!
凍土が揺れ、狼たちが吹き飛ぶ。
「ふぅ……」
息を吐いたユイの額に、うっすら汗が滲む。だが、体はまだ動く。
「もう一戦ぐらい、いける……!」
「無理は禁物ですぞ、ユイ様。貴女はまだおちびなのですから!」
「おちびじゃないもん……!」
「はっはっは、ではせめて“おちびさん”と──ああっ、ちょっ、ルミ様そこは優しく──」
コツン、とルミの尻尾がルーファスの頭をやさしく打った。文字通りの“尻尾の戒め”である。
「ふざけすぎ。ユイ、行こう。……あと一層、残ってる」
その言葉に、ユイは小さく頷いた。
「うん。……最後の、十階層。行こうね」
彼女の小さな背中には、確かな覚悟が宿っていた。
聖獣と共に歩む、初めての迷宮。
その旅路は、いよいよ最深部へと向かっていく。




