第4話:グリュンとの日々
魔法を使ってから季節がかわり、今ではユイは歩けるしかけっこもできる。簡単なら言葉も話せるようになっていた。
とはいえ、まだまだ体は小さく、目に映る世界はすべてが新しく、そして広かった。
今日も朝の日差しが森の隙間から差し込み、小屋の中を柔らかく照らしている。
ユイは木製のベッドから転がるように降りると、もぞもぞと動き出した。
「おはよー……」
掠れた声でそう言うと、囲炉裏の前で木の実を刻んでいたグリュンが、くるりと振り返った。
「おう、起きたかユイ。今日は特別なキノコをスープにしてやるぞ」
「きのこしゅーぷ!」
まだ語彙は少ないしさ行が難しい。ただ食べ物に関する単語は驚くほど早く覚えるらしい。
食事の後、グリュンはいつものように「魔力を感じる練習」をさせる。少し前からやっている練習だ。突然始まったけど私にはありがたかった。
(あれからライトを使ってもしっかり光らないんだよね)
石の上に座り、目を閉じ、深く呼吸を繰り返す。
(……なんだか、今日は体が軽い気がする)
「ユイ、今日は“触る”ことに集中してみろ。魔力は流れている。それを手のひらで感じてみるのだ」
グリュンの言葉は、いつも抽象的だ。
だけど、ユイの頭の中には“知識”があった。
それは前世のものではなく、転生の際に得た補助スキル“チュートリアル”による理解だった。
『魔力の流れは、血液のようなもの。末端から中心、中心から外へ、ゆっくりと循環している。』
(ふーん……。でも、よくわかんない)
手のひらに集中する。すると、微かにピリピリとした感覚が伝わってくる。
小さな火花のような、それでいて温かい何か。
(……あ、これかも)
そのとき、小さく呟いた。
「らいと……」
指先に、淡いけどしっかりとした光が灯る。ほんの一瞬だったが、確かにそこには“魔法”があった。
今までみたいに点滅はしていない短いけどしっかりとした光だった。
「……!」
「ユイ、今のは……お前、自分で魔力を使ったのか?」
驚くグリュンに、ユイはこくりと頷く。
「ひかり……でた」
その言葉に、グリュンは少し黙ってから、静かに頷いた。
「……そうか。やはり、お前はただの子ではないな」
その目には、かつての戦友たちを思い出すような、懐かしさと哀しさが混じっていた。
「今日はよく頑張ったな、ユイ」
薪を割る手を止めたグリュンが、そっとユイの頭を撫でた。
「はじめての魔法ってのは、想像以上に体力を使うもんだ。疲れただろう」
「うん……ちょっと、ねむい……」
「ふふ、それじゃあ風呂に入ってから、ゆっくり休もうな」
グリュンは薪を手早くまとめると、小屋の裏にある小さな湯釜へと向かう。
森で拾ってきた香草を浮かべた湯は、ほんのりといい香りがした。
「はいよ、ユイ。入れるか?」
「うん……!」
ユイはぽちゃんと湯に足を浸し、少しずつ体を沈めていく。
体にじんわりと広がる温もりに、自然と目がとろんとしてくる。
「グリュンのふろ、すき……」
「ははっ、そうか。明日もまた入れるさ」
ふたりは、静かに森の夜に包まれていった。
夕方、小屋の外でグリュンと一緒に薪を割りながら、ユイは空を見上げる。
雲の向こうにある、この世界の仕組み。
自分がなぜここにいるのか、なぜスキルを持っているのか――
(ぜんぶ、あとで……わかるのかな)
まだ幼いその背には、想像もできないほどの未来が広がっていた。