第33話:氷の迷宮と気づかぬ助力
ダンジョン五層。空気はさらに冷たく、肌を刺すような霧氷がゆらめいている。
「……さむ……でも、集中……!」
ユイは身を縮めながらも目を細め、前方の茂みに注意を向けた。足音を殺して進み、背後からはミルが跳ねるように移動する。上空にはルーファスが浮かび、索敵と支援の準備を整えていた。
「罠、ここに……っと」
魔力の糸を通して設置した結界式の「転倒罠」。仕掛けた位置に魔物が踏み込めば、脚を取られて倒れる。
――ザリッ。
その瞬間、雪原に小さな音が走った。
「来た!」
姿を見せたのは、氷に覆われた体毛を持つ二頭の狼型魔物。
「フロスト・ウルフ、2体!」
「回避優先です、ユイ様。ミル様、後方より支援!」
「行くよ、ミル!」
「キュイッ!」
ミルが跳躍し、氷の上を滑るように移動。ユイは両手で鉄の棒を握り、重心を低く構える。
「ウィンド・ブレイド!」
風の刃が狼の一体に命中、毛皮を裂く。反射的に魔物が飛びかかってくるが――
「《エア・シールド》!」
ルーファスが防御魔法を展開、攻撃の衝撃を無力化。
「さすが、ルーファス!」
「光栄の至りでございます!」
もう一体が横からミルに狙いを定めて突進。だがミルはそれを読んでいた。
真上へ跳躍――魔物が通り過ぎた瞬間、背中へと魔力を放つ。
「《スパーク・ボルト》!」
電撃の魔法が爆ぜ、狼がうめき声を上げる。
ユイも即座に走り込み、鉄棒を振り下ろす。
「せいっ!」
気絶したフロスト・ウルフの眉間に正確な打撃が入り、そのまま地面に沈む。
残った一体も、ミルとルーファスの挟撃で数秒と持たずに倒れた。
「――ふぅ……まだいける!」
「いい調子です、ユイ様!」
五層はこれまでより明らかに難易度が高かった。
魔物の知能と動きが違う。動きに緩急があり、ユイたちの連携でようやく渡り合える相手が続いていた。
それでも、ここまで五層の八割を踏破した。
そして、霧が最も濃い一角。そこが「中ボス」が現れるという地点だった。
◇ ◇ ◇
ユイたちは慎重に最奥へと進む。
そこは霧が深く、息を吸うだけで肺に冷気が入り込むような場所だった。
「この辺り……なんか、空気が違う」
「間違いありません。魔力濃度が急激に上がっております。強敵が……間違いなく近い」
ルーファスが低くつぶやく。
すると、霧の中からひときわ大きな気配が近づいてくる。
音もなく、しかし確実に。
「――っ、来る!」
現れたのは、氷の鎧をまとった獅子のような魔物だった。背中には剣のような氷柱が無数に生えている。
「《氷牙獣》。この階層の主にして、中ボスと推測されます!」
「……倒す!」
ユイは鉄棒を構えた。
霧を裂くように、獣が吠えた。
◇ ◇ ◇
戦闘は苛烈を極めた。
氷牙獣の攻撃は単調だが、凄まじい威力と速度を持っていた。
地を砕き、霧を吹き飛ばす氷の咆哮。ミルが《風のステップ》でかろうじて躱す。
ユイは側面から斬り込もうとするが、分厚い毛皮と氷の装甲に鉄棒の打撃は弾かれる。
「くっ……硬い!」
その瞬間、氷牙獣が前脚を振り下ろした。
「ユイ様、後退を!」
ルーファスが《フォース・バリア》を展開。魔力の盾がユイを守り、攻撃は寸前で弾かれた。
「ありがとう、ルーファス!」
「しかし……このままでは埒が明きませんな……」
氷牙獣はさらに吠え、氷の破片を飛ばしてきた。
「防ぎます、《ミラー・シールド》!」
ルーファスが展開した魔法陣に氷の破片がぶつかり、反射されて霧の奥へと散った。
「今がチャンス、ユイ様!」
「行くよ!」
ユイは《再構成》スキルを発動。
足元の岩を分解し、即席の「氷貫通槍」を作成。アイテムボックスから取り出し、魔力で増幅。
槍を構え――
「《発射》!」
自作の発射魔法で投げつけた氷槍が氷牙獣の脚を貫いた。
「ギャアアアァ!」
初めての悲鳴。脚を引きずり、バランスを崩した。
「ミル、今!」
「キュイッ!」
空中からの急降下、《スパーク・ラッシュ》が氷牙獣の頭部へ直撃。
その隙にユイが再び走り込み、鉄棒を逆手に振り下ろす。
「せいっ!!」
氷を砕く音。氷牙獣の頭が跳ね、地面に沈んだ。
――静寂。
霧の奥に、獣のうめきが消えていく。
勝った。
◇ ◇ ◇
「……倒した、よね……?」
「魔力反応、消失確認……中ボス、討伐完了です」
「やったぁ……!」
ユイはその場にへたり込んだ。ミルも息を切らしながら戻ってくる。
「キュイィ……」
「ごめんね、ミル。すっごく頑張ったね……!」
ルーファスもふわりと浮遊しながらユイの隣に降り立つ。
「見事な連携でした、ユイ様。まさに大勝利でございます!」
「ルーファスもありがとう、ルーファスがいなかったら……絶対に無理だった」
「光栄にございます! なお、先ほどの《発射》は初成功と見受けます。次回以降も記録しますね!」
「うぅ、あれ……超疲れたけど……」
こうして、ダンジョン第五層の中ボス・氷牙獣を討伐したユイたちは、ついに迷宮の中盤へと足を踏み入れた。