第31話 聖獣と執事と、ダンジョンへの道
澄んだ空と、新緑の匂いに包まれて、ユイとミルは歩いていた。
背後からは、ふわりふわりと浮かぶ小さな影――グリュンの分身にして、20cmの狼獣人・ルーファス。今日も小さなマントをはためかせて、彼は立派な顔で浮遊していた。
「本日はこのあたりで朝食にいたしましょう。少々お待ちを!」
キラリと光る目で宣言したルーファスは、空中で回転しながら包みを広げた。取り出したのは、直径3cmの超小型パンと、干し肉の薄切り、そして野草のスープ……。
「……これは、ルーファス用?」
「いえっ、ユイ様に……ぴったりのはず……あっ、また私サイズで……申し訳ございませんッ!」
小さな額に手を当てて嘆くルーファス。ミルは「キュ……」とため息混じりに草の上へ座り込み、ユイは苦笑した。
「ありがとう。でも、ルーファス。最近ドジっ子がすぎない?」
「いえ……執事とは、どのような状況においても礼節と優雅を忘れぬものでございます。たとえ洗濯物に押し潰されようとも!」
「昨日のはミルが乾かすって言ったのに、自分でやるって言って全身びしょ濡れだったよね……」
「ふっ、これもまた修行……!」
小さな誇らしげなポーズをとったルーファスだったが、ミルがすかさず木の枝でツン、と軽く突く。
こうして、のどかな(というより少し賑やかな)旅が始まってから一週間。
だが、次第にその空気は変わっていく。
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◆自然の脅威
「ミル、ここ通れる?」
「キュイッ」
先導するミルが、滑りやすい斜面を注意深く進む。崖沿いの道はところどころ崩れており、足元はぬかるんでいた。
草は尖り、虫は多く、気温は不安定。
自然の厳しさが、旅人を容赦なく削っていく。
その夜、ユイは小さな火を囲みながら、うんざりと天を仰いだ。
「ルーファス。こういう自然の脅威って、どうにかできないの?」
「ご安心ください。環境適応の補助魔法をかけておりますので……」
「……あれ? 私、すごく暑いし、ミルも息あがってるよ?」
「えっ!? わたくし、涼しゅうございますが……」
「えっ……」
――その時、ようやく気づいた。
ルーファスが自分にだけ適応魔法をかけていたことに。
「ちょ、ちょっとグリュンに連絡して……!」
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◆意識リンク・グリュン爆誕
十数分後。
「アホかお前は!! なんで自分にしか魔法をかけとらんのじゃ!!」
ルーファスの小さな身体が空中でビリビリ震える。
「ごっ、ご、ごめんなさいぃ……!」
「周囲に魔力フィールドを展開して、対象指定を“ユイとミル”に追加するだけで済むことじゃろうが! まったく、使えん執事じゃな!!」
「ひぃ……はいぃぃ……っ」
ユイとミルは、妙に親しみのあるやりとりを見守っていた。
「……でも、これでちょっとは楽になるね」
「キュ」
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◆飛行魔法の封印、解禁
次の日。
霧の濃い谷を越える際、足場が悪く転びそうになったユイに、ルーファスはすぐに浮遊魔法で支えた。
「ルーファス、これ使えるなら、最初から空飛んでればよかったんじゃない?」
「いえ、あの、それは……。人前で飛行するのは禁忌というか、派手ですし、目立ちますし……!」
「でもこのあたり、人いないよ?」
その言葉をきっかけに、再び意識リンクが発動。
「バッカモォォン!!! だから進みが遅いんじゃ!!」
グリュンがルーファスに対して容赦なく怒鳴った。
「おぬしらが二ヶ月かかるところを、飛行魔法で行けば半月で着けるわ!! どれだけワシの命を削って作ったと思っておる!!」
「は、ははは、か、かしこまりましたあああああ!!」
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◆目的地、霧氷の迷宮の手前にて
飛行に切り替えた結果、一行は予定よりもはるかに早く、霧氷の迷宮の入り口の手前にまで到着した。
辺りには冷気が漂い、岩山に囲まれた空間には、異質な魔力の揺らぎが満ちている。
ミルが耳をピンと立て、ユイは深呼吸した。
「ここが……霧氷の迷宮の前。……いよいよ、始まるんだね」
ルーファスが空中で静かに一礼する。
「次の拠点での準備の際、装備と物資、そして私の“真の役割”について、全てご説明差し上げます」
「え? 真の役割?」
「ふふふ、どうぞお楽しみに!」
その言葉に、ユイとミルは首を傾げながらも、前を向いた。
ここから始まるのは、森の中では知り得なかった、真の冒険と戦いの世界。
仲間は小さいけれど――
「がんばろうね、ミル」
「キュイッ!」
「……ついでに、ルーファスもね」
「か、影ながら全力を尽くします!」
三人の旅は、いよいよダンジョンの門をくぐろうとしていた。