第30話:旅立ちの風、名を継ぐ
小屋の周囲に、春の陽射しがやわらかく降り注いでいた。
あれから一ヶ月──。ユイとミルは療養と兼ねて、毎朝晩、魔力操作とユニークスキルの応用訓練を続けてきた。
「再構成、〈鉄球〉……発射!」
細かな魔力調整を詰めた結果、再構成した鉄球を指から弾くように飛ばせるようになってきている――ただし、まだまっすぐ飛ぶとは限らない。
「すこし右に逸れた……けど、確かに“発射”になってる!」
ユイが歓喜すると、ミルがくりくりした目で頷いた。
「キュ……」
粗末な的を木に貼りつけた簡易訓練場。棒術や魔法と組み合わせて使うための、序章でしかないが、前よりずっと進んでいる。
---
数日後、朝。
小屋の前で、軽やかな風が吹き抜ける。
「おはよう、ユイ、ミル」
杖をつくグリュンの声。ユイとミルは正座で整え、小屋の前に並んだ。
「準備はどうじゃ?」
「大丈夫! ミルも元気だよ」
ミルは軽やかに尻尾を揺らし、「キュ!」と元気よく応えた。
---
グリュンが大きな布を広げる。
「これが新たな装備じゃ」
ユイ用には魔力制御強化ローブ、軽量金属の杖、風魔法補助ブーツ。ミルには飛行支援首輪と魔力増幅飾り。さらに金貨50枚が布の上に並ぶ。
「この装備と資金があれば、北の迷宮で最低限、体勢を保てるはずじゃ」
「ありがとう……ございます」
ユイが頭を下げると、ミルも小さく「キュ」と鳴いた。
---
「さて、この場にて、共に歩む者を紹介しよう」
グリュンが掌を掲げると、空間がゆらぎ、魔法陣が浮かび上がった。
――現れたのは、銀髪、凛々しい容貌の狼獣人の美青年――ただし身長20cmほど。
彼は紳士的な口調で礼をした。
「はじめまして、ユイ様、ミル様。拙者、グリュンの分身にて“ルーファス”と名乗る者でございます。以後、何卒よろしくお願いいたします」
その声は丁寧かつ落ち着き、まるで由緒ある執事のようだった。
「……すごく大人っぽいけど、小さすぎるね?」
ユイが驚くと、ルーファスは落ち着いた口調で答えるが、不意に足を滑らせてひらりと地に落ちた。
「こ、こほん……失礼、慣れぬ現世の“重力”に戸惑いました……」
その瞬間、「かわいい!」とユイが思わず顔を緩ませる。
「ルーファス、よろしくね!」
「はい、ユイ様。全力で尽くします」
---
グリュンが頷いて続けた。
「ルーファスは往路を飛行で補助し、帰還は迷宮から転移魔法で戻る予定じゃ。サイズこそ小さいが、魔力能力は十分じゃ」
「分かった。ルーファス、よろしくね!」
---
ミルがすっと顔を上げ、ぽつりと呟いた。
「……キュイ?」
ユイは目を見開いた。
「ミル!? またしゃべった!?」
ルーファスも驚き顔だったが、すぐ笑顔を見せた。
「これはよきハプニングでございますな。うふふ」
ミルは少し赤くなりながらも、嬉しそうに尻尾を振った。
---
グリュンが静かに巻物を取り出し、「旅の心得」を読み上げる。
・アイテムボックスは人前では使わぬこと
・必要ならバッグから“取り出したように”見せること
・ルーファスが飛行補助。行きは徒歩、帰りは転移
・グリュンの正体は森の番人であるため伏せること
書き終えるとグリュンは巻物を丸めて渡した。
「気をつけて行くのじゃぞ」
「うん!」
---
ユイ、ミル、ルーファスはゆっくりと小屋の扉を開け、春の光の中へ一歩を踏み出した。
三人と一匹、笑顔で送り出すグリュン。胸の内には不安もあるが、未来を託す決意があった。
「では、行ってくるね!」
ユイが手を振ると、ルーファスが飛び上がり、ミルも尻尾を大きく振った。
「いってらっしゃい。二人とも、そしてルーファス。健やかなる旅を――祈っておる」
グリュンの声はやわらかく、少し曇りがかった空へと溶けていった。
そして――
三人と一匹の小さな冒険が、今、はじまった。




