第3話:はじめての“魔法”と、小さな失敗
――気がつけば、この世界に生まれてから二年が経っていた。
おそらく千回以上眠っただろう。寝るたびに、身体の中にある『魔力』と呼ばれる力が少しずつ増えていった。
毎回の回復で、確かに力が増している実感があるけれど、具体的な理由はわからない。
ただ、チュートリアルが毎回『魔力の最大値が上昇しました』とだけ言うのが、どこか気になる。
生まれたばかりのころは泣いて眠るばかりだったわたしも、いまでは短い会話ができるようになり、
グリュンの顔の違いや気配の変化で、感情まで少しずつ読めるようになってきた。
「ゆい、ねむい……」
「ほれ、昼寝の時間か。ようしゃべるようになったのう」
森の小屋で過ごす日々は、静かで、穏やかで、あたたかい。
けれどその中にも、わたしは毎日、少しずつ“できること”を増やしていった。
森の朝は、ひんやりと静かだ。
小屋の天井から洩れる薄明かりに目を細めながら、わたしは今日もぼんやりと意識を浮上させた。
(よし……今日は、やってみよう)
眠りと回復を繰り返す日々の中で、わたしはひとつの“ルール”に気づいていた。
どうやら、寝るたびに少しずつ魔力の最大値が伸びている。
(分解は魔力を使わない。でも《創造》や魔法は使う。となると、今の状態なら簡単な魔法くらいは……)
そんな考えが浮かんだのは、昨日のグリュンとの会話がきっかけだった。
「昔な、空に星を浮かべるような魔法使いがいたそうじゃ」
「ほーし?」
「おお。魔力をイメージで操り、光を出したり、水を呼んだり……まるで神様のごとき力だったとな」
“イメージで操る”。
(つまり、わたしも魔法が使えるのかもしれない……)
* * *
その日の午後。
グリュンが薪を拾いに行くのを見送ってから、わたしはそっと手のひらを上に向けた。
(小さな光の玉……手のひらの上に、蛍のように光る魔力のかたまりを……)
頭の中で強くイメージする。
【魔法起動条件を確認……対象:光属性】
【消費魔力:60/最大値512(使用上限:80)】
【魔法発動――《光玉》】
パッ、と掌の上におぼろげだがやわらかな光が浮かんだ。
(できた……?)
まるでロウソクの火を閉じ込めたような小さな光が、点滅するかのようにおぼろげに今にも消えそうな感じで手のひらにぽわぽわと浮かんでいる。
(あったかい……これが、魔法……)
感動して、しばしその光を見つめていると、ふと脳内に声が届いた。
【補助スキルより補足:この魔法は基礎光属性魔術です。熟練度により性能が向上します】
【現在の魔力量:20/80(最大値512)】
【軽度の疲労症状、発症予測:3分後】
(うわ、またそれ……でも便利……)
【なお、“魔力を使いすぎる”と、体に危険が及ぶためご注意ください】
(はいはい、わかってますって――)
次の瞬間、視界が一気に暗転した。
* * *
「……また無茶をしたか、ユイよ……」
遠くで、グリュンの声が聞こえた。
「生まれて間もないというのに、まるで……火を恐れぬ蛾のようじゃ」
体がふわりと浮いた感覚。どうやらまた抱き上げられているらしい。
冷たい布が額に当てられる。
(ああ、また倒れた……)
【魔力枯渇症状:回復中】
【休眠により最大魔力量が上昇しました】
(……伸びた。でも、割に合わないってば……)
やはり魔法を使うにはリスクがある。
けれど、それと同時に“使える”という実感が、胸の奥で確かに芽生えていた。
* * *
目が覚めたのは、夕方近くだった。
窓の外では、オレンジ色に染まった空が広がっている。
「……ユイ、起きたか」
グリュンが椅子から立ち上がり、そっと水を口元に運んでくれた。
ぬるくて優しい味が、喉を通っていく。
「……また、なにかしようとしてたのか?」
ごまかすように、わたしは「ふぇー……」と鳴いてみせるが、グリュンは微笑みながらも目を細めていた。
「……昔、似たような子を知っておってな」
その一言に、少しだけ心が動いた。
(……似たような子? まさか、他にも転生者が……?)
けれど、それ以上のことは話してくれなかった。
グリュンは器用な手つきで薪を割りながら、ぽつりとつぶやいた。
「わしの目は、嘘をつかん。おぬし……ただの子ではないな」
* * *
その夜、寝る前にまた少しだけ魔法を使ってみた。
今度は小さな“音”を鳴らす魔法。
【音波魔法起動】
【対象範囲:周囲1m/効果音:小鳥のさえずり】
【残魔力:20/使用上限80(最大値516)】
かすかに「ピッ」と響く音が、小屋の中に舞った。
(……これなら、倒れずに済む)
チュートリアルスキルによって、どの魔法にどれだけ魔力を使うか、少しずつ学べるようになってきた。
(“創造”と“魔法”って、全然ちがう感覚……)
創造スキルは、構造を組み立てて作る感じ。
魔法は、純粋にイメージを魔力に変換して、現象を起こす感覚。
(でも、どっちも“わたしにしかできない”方法がある)
そしてまた、ふわりと眠りの波が襲ってくる。
(明日は、もうちょっと難しい魔法、挑戦してみようかな……)
そんな思いを胸に、わたしは静かに目を閉じた。
* * *
こうして、わたしの世界における“魔法の一歩”が始まった。
ほんの小さな成功と、ささやかな失敗。
でもそれは、確かに――わたし自身の力だった。