第27話:再起の風に抱かれ
暗闇の中で、ユイの鼓動は遠く、小さなこだまのようだった。
世界がゆっくりと形を失い、冷えた風が頬を撫でていく。
――消えてゆく夢。
彼女の意識が途切れた瞬間、それでも空はまだ回っていた。
◇ ◇ ◇
森の奥。微かな光が舞う。
ミルがユイの傍に寄り添い、静かに体温を分ける。
彼女の息遣いは頼りないが、それでも――まだ、生きている。
ミルは柔らかな鼻でユイの頬に触れ、低く鳴いた。
すると、周囲に小さな光の粒が舞い始める。
それはまるで、森の祝福。春の芽吹きのように穏やかで、優しい。
灯はゆらめいてユイの体に触れるたび、微かに熱を運ぶ。
ミルは安心したように身体を緩め、ユイの手にそっと頭を置いた。
◇ ◇ ◇
次の朝。まだ薄明かりの森。
小鳥のさえずりに混じって、微かな声が聞こえた。
「……ユイ?」
夢を見た。あの穏やかな火の光。木漏れ日の中の、温かなぬくもり。
「ユイ……大丈夫か?」
葉の隙間から差す朝日が、白い膨らむものを照らす。
そこに横たわっていたのは――ユイだった。
ミルは目をぱちくりとさせ、尻尾をふる。
「キュイ!」
途端、ユイの瞳がゆっくり開き、柔らかな光を宿した。
「……ミル……?」
夢の名残りが網膜を埋める。痛みも、まだそこにある。
けれど、ユイは涙をこらえながら微笑んだ。
「ここは……森?」
ミルが鼻先でユイの手をくすぐり、そう答える。
ユイはゆっくりと起き上がり、真っ先に小屋へ頭を向けた。
◇ ◇ ◇
小屋の前。グリュンが薬草を抱えて待っていた。
「おぬし、起きたか」
静かな声に、ユイは目頭を濡らす。
「グリュン……」
彼は刀をしまい、手持ちの薬草袋から軽く煎じた汁を取り出す。
「これを飲むのじゃ」
口元に運ばれる液は、かすかに甘く、温かい。
ユイはそれを飲み干すと、肺の奥まで温もりが広がるようだった。
「ありがとう……」
グリュンは深く頷き、その背が森の木々に溶け込んでいくようだった。
◇ ◇ ◇
その後、ユイはミルを抱きしめた。
「ごめんね、ミル。私、役に立たなかった。でも……」
ミルがそっと顔をぺろりと舐め、寄り添う。
ユイは涙を拭い、少しずつ目線を森へ向けた。
(でも、怖くなかった。ミルがいたから。森が、守ってくれたから)
その思いがしっかりと胸に刻まれる。
◇ ◇ ◇
ユイはリュックを整え、アイテムボックスをひと撫でする。
あの戦いで使い果たした力は、まだ自分を離れていない。
だが──
「次は、私が守るんだ」
ミルを抱え、ユイはその真っ直ぐな瞳で前を見据えた。
風が吹き抜ける。光が幹を揺らし、葉がさざめく音が聞こえた。
命の意志は消えない。むしろ、強く燃え始めていた。
そして……
その先にある、新たな風景を思い描きながら。
――再起するための歩みが、いま、動き出す。
◇ ◇ ◇
深呼吸。
静かな決意。
ユイはミルをぎゅっと抱きしめ――歩き出した。
小さな背中が並んで進む。その先には、遠くに広がる空があった。




