第23話:静かな誕生日と眠る守人
小屋の屋根に、木漏れ日が静かに差し込んでいる。
あれから、もう三ヶ月が経った。
森で狩猟と採集を繰り返し、ユイとミルは着実に経験を積み重ねてきた。魔物の種類にも慣れ、戦い方も自然と洗練されていった。今では二人で手際よく獲物を追い、倒し、持ち帰ってくることができる。
――それでも。
「今日は、いつもより美味しいのを探したいんだよね」
ユイは口元に人差し指を当て、木の箱から干し肉の残りを取り出す。
「グリュンの誕生日、もうすぐだもんね」
「キュイ」
ミルが隣で小さく鳴いて頷く。
「誕生日のごちそうって言ったら……やっぱり、お肉だよね。でも、干し肉や塩焼きじゃ、ちょっと特別感に欠けるし……」
ふたりは地図に載っていない小道を進み、森の奥へ足を踏み入れた。これまでに何度か遠征はしたが、それでもまだ未踏の区域は多い。あの「視線」を感じた場所も、今や危険地帯としてユイたちの中で区別されている。
「ミル、今日はあの丘の向こうまで行ってみよう」
「キュイッ!」
ユイの言葉にミルが嬉しそうに飛び跳ねる。
二人と一匹の探索が始まった。
◇ ◇ ◇
一方、小屋では――
グリュンが布団の中でうーんとうなりながら寝返りを打っていた。
「……ぬぅ……腰が……またか……」
あの日、ユイとの戦闘訓練での“半歩”が仇となり、それ以来、腰の調子は悪くなる一方だった。
いや、正確には――
(……年のせいかの。どうやら……潮時か)
グリュンは思う。
五十を過ぎて百年を生きる獣人の中でも、グリュンは例外的に長く生きてきた。魔力の総量で言えば、大賢者の一人である彼は、数百万単位の魔力を持ち得る存在だった。
だが、魂の燃焼は止められない。
魔力の消耗よりも、「命の炎」の方が先に揺れてきた。
それを、ユイには悟らせたくなかった。
(……この世界に舞い降りた奇跡。その先にある未来を、わしは見届けたいと思っておるが……)
その思いを胸に、彼はふたたびまぶたを閉じた。
◇ ◇ ◇
森の中。
「こっち、ミル!」
ユイが草をかき分けると、そこには細身の鹿のような魔物がいた。鼻先に小さな角を持ち、敏捷な動きで身を翻して逃げようとする。
「まって! ブラインド!」
支援魔法で視界を遮断し、ミルが上から飛びかかる。連携したユイは「ウィンド・シュート」でバランスを崩させ、ミルの攻撃がクリーンヒット。
魔物は倒れた。
心臓の位置に刃物を刺し、素早く命を奪う。
その目はすでに、恐れも迷いもなかった。
「……これじゃ、いつものと同じくらいかな。うーん、まだ違うかも」
狩りは成功。しかし、それで満足はしない。
「ミル、もう少し先に行ってみよう。グリュンが『これは美味い』って唸るくらいのを、見つけたいんだ」
「キュイ!」
二人は歩を進める。
あの頃のように、無防備ではない。
ユイの腰には自作の小刀と、鉄棒の簡易武器。そして背中には魔法で圧縮された保存袋。再構成スキルによって、重量を軽減した特製装備だった。
ミルは高所に跳び、常に索敵。俊敏な脚で先を確保する。
その姿は、かつての“守られる子”から、“戦う者”へと確実に変わっていた。
◇ ◇ ◇
陽が傾きかけた頃、二人は開けた湿地に辿り着いた。
そこには、今まで見たことのない羽の生えた猪のような魔物がいた。
体長は1メートルほど、鋭い爪と牙を持ち、背中から羽をばたつかせながら低空を跳びまわる。
「これは……見たことないやつ!」
「キュイッ!」
挑戦するしかない。
「いくよ、ミル!」
戦闘開始。




