第21話:森の静寂を破るもの
森の木々がわずかに揺れる。鳥の囀りすら聞こえない早朝の森は、いつもより静かだった。
ユイは、その静寂の中にいた。
5歳の少女とは思えぬ目つきで、腰には鉄の棒。背には小さな道具袋。そして傍らには、三本の尻尾を優雅に揺らすミルの姿。
グリュンとの模擬戦から数ヶ月。ユイとミルは、森での実戦に備えて、再構成による武具の強化、魔力操作、戦闘動作の反復、地形の読み合い――すべてを学んだ。
今日は、初めて“自分たちだけ”で戦う日だ。
「……行こう、ミル」
「キュイ!」
ミルは軽やかに森の中へ跳ねる。ユイはその背に視線を置いたまま、集中を研ぎ澄ます。
標的は、森に現れた中型の魔物「シャドウウルフ」。夜間に活動するため視覚が発達していないが、嗅覚と聴覚に優れ、影の中を移動する厄介な性質を持つ。
昼の今ならば、その能力は弱まっている。狩るなら今しかない。
ユイは再構成で用意した鉄の棒を握りしめ、魔力を巡らせる。
(落ち着いて……棒の重さ、動きの癖、全部覚えてる……)
訓練で体に染み込ませた重心移動と体捌きを思い出し、静かに森を進む。
そのとき、空気が変わった。
草むらがざわめき、耳がふっと詰まるような圧を感じた直後――
「ッ……来た!」
影が弾けるように跳ね、シャドウウルフが現れた。赤く光る目と、鋭い牙がユイに向かって突進してくる。
瞬間、ユイは飛び退く。
「ミル、右に誘導して!」
「キュイッ!」
ミルが跳び上がり、木の幹を蹴って右から魔物へ飛びかかる。ユイは左へと逃げるふりをし、背後の木に沿って回り込む。
シャドウウルフはミルの速さに反応できず、正面の木にぶつかる。
ユイは一瞬の隙を見逃さず、鉄の棒を振り下ろした。
――ゴン!
重い音とともに、魔物の頭部が地面に沈む。
が、それだけでは終わらなかった。
シャドウウルフは影に溶けるように消え、次の瞬間にはユイの背後に姿を現す。
「っ、風刃!」
ユイの反応は早かった。風属性の刃を即座に放つ。見よう見まねだったその魔法は、だが確かに魔物の動きを止めた。
そこへミルが追撃をかける。
「ミルッ、いまだよ!」
「キュイイイイ!」
ミルの三本の尾が同時に光り、光の弾が発射される。聖魔法――かつて見た、あの強烈な閃光。
直撃を受けたシャドウウルフは、悲鳴を上げながら地に伏した。
ユイは大きく息を吐き、肩を落とした。
「……倒せた、よね……?」
ミルが頷き、足元に寄ってくる。ユイはその頭を撫でた。
「ありがとう、ミル……わたし、ひとりじゃ無理だった」
ミルは目を細め、静かに鳴く。
木の陰、少し離れた場所では、グリュンが杖を手に立っていた。
「……見事じゃ。影を読んで動いたか。戦いの才……いや、それ以上の何かを感じるのう」
ユイは知らない。その戦いが、小さな伝説の始まりだったことを。




