第20話:試練の円環 ―風纏う連携撃―
朝の森には、戦の前のような静寂が広がっていた。薄く差し込む光が、木々の葉を透かして揺れ、小鳥のさえずりすら控えめに聞こえる。
その中、小さな広場――訓練場の中心に、ユイは立っていた。五歳にしては小柄だが、背筋はまっすぐ伸び、両手に握った鉄の棒はどこか凛とした気配を帯びていた。
「ミル、準備はいい?」
「キュイ!」
ミルはユイの傍らに控え、柴犬大の体を軽く揺らして気合いを表す。白銀の毛並みが風に揺れ、その瞳には鋭い光が宿っていた。
そして、彼らの前に立つのは老獣人の賢者、グリュン。腰をどっしりと落とし、片手に持った杖を地面についたまま、半径一メートルの円の中心に立っている。
今日の訓練は、これまでの集大成――模擬戦だ。
「よいか、条件を確認するぞ。わしはこの円から出ぬ。攻撃もせん。防御、回避、受け流しのみ。わしに一撃でも当てることができれば、お主らの勝ちじゃ」
「うん、がんばる!」
ユイは鉄棒を構え直し、深く息を吸う。今日のために何か月も準備をしてきた。支援魔法、防御魔法、攻撃魔法、そして再構成による武具作成。体捌きと棒術も、毎朝のように繰り返してきた。
合図の声はない。グリュンが静かに目を閉じたその瞬間――ユイが飛び出した。
草を踏み、風を切り、一直線に突っ込む。右からの一撃は素直すぎる攻撃、当然グリュンは軽く杖で弾く。
「っ、甘い!」
だがその瞬間、ミルが空中から跳ね上がり、背後へ回り込む。グリュンは察して片足を半歩引き、ミルの爪を杖で受け止めた。
「連携、悪くない……!」
その言葉通り、ユイとミルは追撃を重ねていく。木の枝を利用し、ミルは跳躍、ユイは風魔法で自身の動きを加速させ、鉄棒を繰り出す。
しかし――グリュンの防御は崩れない。鉄棒の一撃は弾かれ、魔法も魔力の壁に遮られる。
数分が過ぎ、ユイは息を切らせ始めていた。魔力の消耗も大きい。再構成で鉄の杭を飛ばす試みも失敗に終わる。
(やっぱり……グリュンって、すごい)
ふと、かすかな隙が見えた。グリュンの重心が右に傾く瞬間。ユイはそこを狙って棒を振る……が、またもや読まれていた。
ミルが駆け、ユイが追う。森の木々を駆け登り、木の上から光魔法で目眩まし。火の魔法でグリュンの足元に熱気を与える。
そして、ユイは心を決めた。
(棒術じゃ勝てない……じゃあ、棒を捨てる!)
一瞬の突き、しかしそれは囮。棒を放り投げて手を開いたユイが、空いた手でそのまま掌底を繰り出す。
「はっ!」
虚を突かれたグリュンは、体勢を崩した。
杖で受けようとしたが、棒に気を取られた隙が生まれたのだ。
ごとり。
片足が、円の外に――出かけた。
「ぐっ……ぬぬぬぬ……!」
グリュンはそのまま踏ん張り、倒れるのをこらえたが――
「……ぬおおおっ! 腰がっ……っ!」
ぐきっ、と鈍い音とともに彼の身体が傾いた。
「グリュン!」
「キュイーーー!」
ユイとミルが飛び込んで支える。彼は汗をかきながら、地面に片膝をついた。
「ふむ……見事じゃ……見事な連携と、見事な“虚”の突き方……おぬしらの勝ちじゃ、ユイ、ミル」
そう言って、にやりと笑った。
「勝った……の?」
「ああ、見事に、わしを出させたからの。これ以上は……腰に響くわ」
ミルが尻尾を揺らしながら勝ち誇った顔をして、ユイは安心して笑った。
(やった……本当に、やったんだ)
小さな勝利。
けれどそれは、確かな“前進”だった――。
◇ ◇ ◇
その夜。
「チュートリアル、今日の記録お願い」
《ユイ様、本日の戦闘記録を更新。魔力総消費:2348、最大魔力量:7830(720)》
「ふふっ、増えたね……」
《成長速度、目標比125%。非常に良好です》
ユイはその言葉に微笑み、そっと目を閉じた。ミルの寝息が隣から聞こえてくる。
この先に、どんな試練が待っているかはまだ知らない。
でも、きっと越えていける――そう信じられた夜だった。




