第13話:はじめての“あしあと”
朝霧が森の木々の間を静かに揺れる中、ユイは籠を背にグリュンと並んで歩いていた。
「きょうは、“クロモ草”と“ツンカの根”じゃ。あと、食べられるキノコもな」
「うん。まえのキノコ、すごくおいしかった」
「ふふ、それは良かった」
二人は手分けして薬草とキノコを集めていた。ユイの《観察》スキルも役立ち、似て非なる毒草を見分ける能力も上達していた。
***
午前中いっぱいかけて、かなりの収穫を得た。
森の中腹にある小さな泉で一休みし、ユイは喉を潤す。
(今日は、なんだか静か……)
いつも聞こえる鳥の鳴き声や、風に揺れる枝葉のざわめきが、どこか重たく感じた。
そんな違和感の中、ユイの耳が、かすかな“ひっかく音”を捉えた。
「……?」
音のする方に足を向ける。グリュンは距離を保ちつつ、無言でついてくる。
やがてユイの視界に、土を乱した“足跡”が現れる。
(これ……ちがう……見たことない)
《観察》スキル、発動。
《対象:不明の足跡/大型獣種/四足/鋭利な爪跡あり/肉食種の可能性高/種族名:不明》
「……肉、たべる……やつ?」
「ほう……その察しは正解じゃ」
グリュンは足跡の深さと爪跡に目を細めた。
「三体分あるな。しかも……これは昔、見たことがある。おぬしが赤子の頃に、この森で彷徨っていたときに現れた獣どもと酷似しておる」
「……!」
(あのときの……)
言葉にできない不安が、胸の奥に広がっていく。
そのとき――
「キャイン……!」
小さく、かすれた悲鳴のような声が響いた。
「!」
ユイはとっさに声の方へ駆け出した。
「ユイ、待て!」
グリュンの静止も振り切って、森を抜け、茂みをかき分けたその先――
そこには、三体の大型の肉食獣と、一匹の傷だらけの動物がいた。
その獣は猫のような姿をしていたが、尻尾が三本に分かれて揺れていた。
(なにこれ……ねこ? しっぽが……)
《鑑定:対象は“小型獣・ミィルの幼体”/生態:希少種/危険度:低/価値:高級ペット級》
(ペット……? でも、なんかちがう……)
ユイは訝しむが、鑑定の結果にはそれ以上の情報はなかった。
一方グリュンの視線は、その三尾の猫に釘付けになっていた。
(まさか……! 聖獣、“ツクミ”の幼体!?)
長年の知識と経験、そして高位鑑定により、即座に気づく。
しかし――
(これは……口にしてはならぬ。“獣人の神獣”のひとつ……もしも知られてしまえば……)
「ユイ、その小さい獣……助けてやれ。あれは、貴重な存在じゃ」
「うん!」
ユイは小さな体に力を込め、スリングを構えた。
肉食獣のひとつがこちらに気づき、牙をむいて唸る。
「くる……!」
グリュンは杖を構えながら、息をのんで事態を見守る。
***
【次回予告:第14話「はじめての“たたかい”」】
獣に囲まれた小さな命を救うため、ユイは森の中で初めて本気で戦う。
圧倒的な肉食獣の力に追い詰められ、ついに命の危機に――
そのとき動いたのは、かつて沈黙していた“賢者”の力だった──!