鳥羽・伏見、開戦の刻
慶応四年一月
ひとつの銃声が、開戦の合図だった。
そこから伏見の状況は一変し、銃声や砲撃の音が町中に響き渡っていた。
「おい、かなた! 悪ぃが、サラシを三十ほど持ってきてくれ!」
「はい!!」
そう原田が正門から叫べば、かなたが走り回る。
「野村! こっちには米二俵だ!」
「わかりましたぁ!」
そう永倉が叫べば、野村が走り回る。そんな日々が続いていた。
伊東の死から、皆一様に後悔を背負いながら日々を生きている。
そこへ、藤堂が慌てた様子で屯所へと駆け込んできた。
「おい、やべーって! 戦が始まってから、また避難者が増えてる! もう三条の方まで寺は一杯だ!」
すると山南が奥からすぐに現れ、藤堂に寺の位置を示した地図を渡した。
「では、洛外の北の方の寺へ民たちを移しましょう。お寺側には、何軒か文を送っていますので、話は通ると思います」
「わかった! じゃあ、監察方に話をつけるよう頼んでくる!」
「ひ、ひぃ……これじゃあ身が持たねえっすね……」
「そ、そうだね……山南さん、的確な指示をありがとうございます」
膝に手をつく野村とかなたに、山南は相変わらず屈託のない優しげな顔で、にこりと笑う。
「いえ、私にはこれくらいしか出来ませんから」
そう言うと、山南はまた奥へと去っていった。
「そろそろお昼の時間だし、私たちも休憩しようか」
「そうですね……あっ、俺は先に行ってますよ!! はい!」
急によそよそしくなった野村を不思議に思い、かなたはその視線を追って後ろを振り返る。
するとそこには、今しがた戻ってきたのであろう土方が、爆発しそうなほどの形相で正門に立っていた。
「あ、あれは……放っておこうよ……」
「い、いや! 無理ですよ! 中村さんしか無理ですって!」
そんなやり取りをしている二人に、土方はズカズカと近づくと、かなたの首根っこを掴み、そのままずるずると引きずって連行しはじめた。
「中村さん、どうか達者で……!」
そんな野村の声も遠ざかり、かなたは嫌な汗をかきながら、土方に部屋へと連れていかれるのだった。
――――
「そ、それで? どうかしたんですか?」
恐る恐る口を開くかなたに、土方は自分を落ち着かせるようにため息をついた。
「新政府の奴らがな、こっちにいちゃもん付けてきたんだよ」
「ええ?! 何をいまさら…」
新政府というと、薩長率いる帝側の名称で、幕府側は今や旧幕府軍と呼ばれている。
あと少しもすれば、幕府の人間は賊軍として北へと追い詰められていくのだろう。
「町年寄に捕縛者を渡している件で、お前らは表では幕府を抜けたと言っているが、裏では協力関係にあるんじゃないかと…そう言われたんだ」
たしかに、そう疑われてもおかしくはない。
だが、町の人々のために尽力している中でそんなことを言われるのは、やはり胸に引っかかるものがあった。
「そうですね…あちらの言いたいことは分かりますけど、こっちも必死にやってるのに、なんだか理不尽ですね」
「だろ?!」
土方も珍しく冷静さを欠いているようで、まるで沖田のように唇を尖らせている。
かなたは顎に手を当てて少し考え込むと、やがて口を開いた。
「これから先、そう言われて新選組の立場が危うくなるのも困りますよね…なのでここはひとつ、新政府のお偉いさんに話を通してみませんか?」
「新政府のお偉いさんに会ってどうすんだよ? まさか新政府側につくなんて言わねぇだろうな」
「それをしたら、隊士たちも不満だらけでしょうから…あくまでこちらの独立は維持しましょう。その条件で、和睦を結ぶんです」
うまくいく保証はない。
それでも、新政府側に話をつけるのが一番手っ取り早い方法だろう。
独立を維持する以上、あちらの厳しい条件を飲むことになるかもしれない。
それでも――隊士や町の人々の安全が、何より優先されるべきだ。
「まあ、他に手がねえとなると、そうするしかねえのか…」
土方は不服そうに眉を寄せたが、それでも否定はしなかった。
すぐに二人は、近藤と山南に相談するため、招集をかけることにした。




